君の後ろ姿を 僕は見つめていたんだ

長く長く君の背中を 僕は頼りにしていたんだ


【遠い匂い/YO-KING】






思えばいつもあいつの背を見ていた気がする。前はおろか、隣に立つことすらあいつは許そうとしなかった。
一切の感情に蓋をし、最前線に立ち、前だけを見据え佇んでいた。それはまるで庇っている様にも映った。
あの人が居た頃はそんなこと無かった。いろんな表情を見せた。元の性質は泣き虫で楽天的かつ気分屋。


低血圧、偏食家、悪戯好き、泣き虫、不器用、負けず嫌い――。

挙げればキリがない程に数多の顔を持つ。歌と動物をこよなく愛し、争いを好まない平和的な心の持ち主。
姉弟として、学友として。ある程度、理解しているつもりだった。が、それを一瞬で覆されたのは再会の日だ。
その変化に息を固唾を飲み、目を奪われた。離れていた3年という歳月は予想していたよりも大きかった。

まるで――別人だ。

こちらを見たのはほんの刹那で、直ぐに天人に視線を戻して刀を構えた。血に動揺を浮かべることは無い。
相手の動きを冷静に見極めて機を窺がう。そして天人が武器を振り上げたその瞬間、確かに小さく嗤った。


澱みない漆黒の双眸。その奥に秘められているのは決して揺らぐ事無い信念。その姿に気高さすら覚えた。
折れる事の無い魂を携え果敢に戦場を駆け抜ける姿はまさに修羅。圧倒的な強さ。血に塗れたる阿修羅。

確かにあいつの戦い方はその名に相応しく強く、そして洗練されていた。共に修行した頃とは大きく異なる。
早さも、技術も。体力差で引けを取るならば俊敏さで、俊敏さで劣るならば奇を衒う戦法で相手を圧倒する。
血気盛んな若い衆が好み、憧れを抱くのも無理は無い。かくいう自分もの戦い方に憧れを抱いていた。

実際、若い衆からも慕われていた。上司として。あの場で唯一の女でありながら、侮られる事無く凛と佇む。
仮に女とみなされたところであいつに手を出せた猛者はきっと居なかっただろう。その強さは圧倒的だった。


――当たり前だ。


抱えているモノの大きさが違った。

見据えるモノがまるで違った。


いつのことだっただろうか、戦いの跡地で物言わぬ姿となった同胞を弔いながら不意に漏らした事があった。
まるで泣いているかのように笑うものだから、返す言葉が浮かばなかった。若さは愚かとはよく言ったもの。
曖昧な言葉で濁すだけで、あいつのほんの些細な合図ですら見逃していたことに気付きもしなかったのだ。

見逃してはならない大切なこと。あの華奢な双肩にどれだけのものを背負っていたか、予想だにしなかった。
否、背負わせている事にさえ気付いて無かった。誰もがその強さを賛美し、危惧なんて微塵も感じなかった。
故にあいつは弱さを晒せず誇りという杖を支えに凛と佇み皆が憧れの念を抱く"阿修羅(あすら)"として在り続けた。

どんな状況下にあれども、自分を叱咤することで立ち上がろうと自身を奮い立たせていた。ただの虚勢だ。
だがそれが統率者の務めだ。その立場にある以上は弱音を吐くことは許されない。弱音は甘えに過ぎない。
強くなければいけなかった。強く無ければあの烏合の衆を束ねることは出来ないから。だがあいつは女だ。


極めて普通――ただの女。


どこでそれを見誤った?どうしてそれを忘れていたのか。強がっているだけで一つとして変わって無かった。
初めて心が通って漸くその虚勢を知った。やっと思い出せた。ずっと傍に居たのにどうして気付けなかった。

否、気付かなかったわけではない。

ただ、気付かないでいたかった。身勝手も甚だしいが、その脆さを、弱さを。見て見ぬフリをしていたかった。
あいつの華奢な体の真実から無意識に目を背けようとしていた。いつしか阿修羅は神格化されていたから。
ただの女を勝手に神に仕立て上げ、偶像崇拝のように崇めていたなんて愚の骨頂。本当に馬鹿げた話だ。

言い訳だが、それでもあの頃、あの場に居た誰もが一度は感じ思ったことだろう。阿修羅は確かな光だった。
結局、あいつに何をしてやれただろうか。あの日を思い出す毎に後悔の念が募る。幸せには出来なかった。
今も褪せることなく一番柔らかい場所を容赦なく抉り続ける。近くに居て、長い時間を共有していた筈だった。

なのに気付かないことだらけだった事に笑ってしまう。一体、自分はあいつの何を見て来たというのだろう。
大事なことを知るのはいつも全てが終わってから。小さな生命、あいつの抱えていたモノ、何一つ知らない。
何も見せようとしないであっさり逝きやがった。否、違った。見せられるほどに頼れる存在では無かったのだ。


隣に立った筈なのに――見ていたのはいつも背中だった。


(お前には何もしてやれねぇよな)

いつも 見てるしかできない



過去と現在と進歩の欠片も無い。

見慣れた姿を見る度に行き場の無い感情がとぐろを巻くだけだ。


どれだけ強くとも女だった。

[2013年4月1日 修正]