君は僕に優しくて いつも本当に優しくて
ずっとずっと僕を見ててくれたね 君の体温を覚えている
【遠い匂い/YO-KING】
忘れられない温もりがある。幼い頃からずっと隣に在った人間よりも高い熱を孕んだ温もり。目映い黄昏色。
優しくて甘えん坊でお調子者。いつも傍に居た。いつだって隣に居てくれた。隣で見守ってくれた瞳は夜色。
泣き虫な自分の頬を舐めて、あの子は嬉しそうに黄昏色の尻尾を振った。そして、笑えとばかりに見つめる。
夜色の双眸。その色を怖いと感じた時があった。昔は『夜』と『闇』が嫌いでその両方を備えた瞳が怖かった。
吸い込まれて、そのまま消えてしまうんじゃないかって本気で思っていたんだ。だから怖いと感じてしまった。
――あの子を。
でもね、それ以上に大好きだったんだ。あの子はひょうきん者で、優しい子。誤って手を噛めば驚いてしまう。
そして申し訳なさそうに項垂れる。「嫌いにならないで」と、見上げる双眸は自分より傷付いた目をしていた。
嫌いになれるわけない。
大好きなんだから。
だけどそれを伝える方法を知らなかった。代わりにギュっと抱き締めたら、嬉しそうに尻尾をパタパタと振った。
あの子の存在に何度救われただろう。あの温もりに幾度となく甘えて、心を支えられただろうか。もう何度も。
いつしか世界の全てになっていた。あの子の傍でだけは安らげると知ってからずっと。その存在に甘えてた。
自分勝手なんだ。あの頃、自分を苦しめた全てを憎悪した。何を言っても聞いてくれない。信じてくれない。
手を伸ばしても振り払われる。それに耐えかね、ほんの些細な痛みに耐えかねて、殻の中に引き篭もった。
そして大切なものを見失って全てを拒絶した。差し出された手さえ憐れみに見えた。その手が疎ましかった。
「痛い」と心の中で叫ぶだけで、自ら目を閉ざして耳を塞いで、蹲っていた。傷付く事から逃れようとしていた。
ずっと――支えてくれたね。
八つ当たりの様にあの子を罵った。愚かしくも脆弱な心は今もまるで変わってない。最低だが手すらあげた。
あの頃の自分を本気で殴ってやりたい。それでも離れようとはせず、隣にいてくれた。笑えるようになるまで。
一緒にいてくれたのにごめんね。そんなあの子が嫌いだった。疎ましくて仕方なかった。理解出来なかった。
どうして隣にいるのか、疎ましくて仕方無かった。
どうしてこんな自分を待ち続けてられるのか、理解が出来なかった。
自分が大嫌いだから、そんな自分を好いてくれるあの子が嫌いだった。怖かった。いっそ離れて欲しかった。
でも絶対離れていかないあの子がやっぱり大好きだった。嬉しかった。こんな自分でも好いてくれるのだと。
幼い子供の馬鹿らしい八つ当たりをただ受け入れてくれた。その温もりが心をそっと包み込んでくれたのだ。
苦しかったんだ、本当に。あの頃は生きていることも息をすることも。何かと接することでさえも苦痛だった。
でもあの頃から死ぬ勇気なんて持ってなくて、生に縋りついていた。死にたかった。でも、死にたく無かった。
死なない為に、心に蓋をした。死にたいが為に、自身を傷付けることにした。矛盾の中で何かを待っていた。
自分を護る術なんて知らないから、全てを拒絶して大嫌いな闇の中で待ち続ける事しか出来なかったんだ。
――ずっと待ち焦がれてた。
金色の光、太陽、温かな日差し。希望を喩える言葉達。そのすべてがあの子のこと。心を照らした確かな光。
自分を自分で居させてくれた。この時間が永遠でないことは知っていた。だから少しでも長く続けば良い、と。
そう願ってた。少しでも『いつか』が先の出来事である様に、と。さよならの日なんて訪れなければ良いのに。
君と過ごす春は、並木道で歩んで薄紅色の景色を瞳に映した。
君と過ごす夏は、川で遊んで満天の星空を仰ぎ見た。
君と過ごす秋は、枯葉を集めて焼き芋を焼いていたら紅く染まる葉に気付いた。
君と過ごす冬は、雪に埋もれて馬鹿みたいにはしゃいでいたら穴に落ちた。
春は桜がひらひらと舞って、夏は花火がパチパチと煌く。
秋はさらさらと木の葉が揺れて、冬ははらはらと雪が舞い降りる。
雪に足を取られ落ちかけたのを救おうとして怪我した。白い雪が紅く染まるのを見て胸が締め付けられた。
ビニールプールで遊んでたら爪が掠めて壊してしまって怒られた事があった。猫に引っ掛かれて怪我した。
想い出のどこを振り返ってみても傍にはあの子が居たんだ。あの子が居ない季節なんてどこにもないのに。
ずっと傍に居た筈のあの子を見失ったのはいつだろう。自分の中で時が止まったのはいつだったのだろう。
あの子がいなくなってから世界は色を失った。駄目な自分はあの子が居ないと何も出来ない。生きれない。
一人で立てる強さなんて持ってない。何かする度にあの子の面影が脳裏を掠めるんだ。そこに居ないのに。
その面影を追い掛けてはまた道を見失ってしまう。流れる時に身を委ねて、ただ空っぽのままで生きている。
死ぬ事が出来ないから。臆病だからまだ死ねない。それでも、あの子の居ない世界の生き方が分からない。
どうやって笑っていた?
どうやって怒っていた?
どうやって泣いていた?
――その温もりだけは未だ覚えているのに。
忘れない様に、心配かけさせない様にとひとりで立とうとしてみる。
だけど、それはいつも裏目に出て自らを痛めつけるだけだ。