が目指していたのはバザールだったわけだが、どうして目の前に遊園地が広がっているのだろうか。
いくら方向音痴にしても程があるだろうと我ながら突っ込みたくて仕方がない。ここは間違いなく遊園地だ。
が居たのはクローバーの塔で、遊園地は領土を跨がなければ辿り着かない。だけど今、此処に居る。

それはつまり――、


「お嬢ちゃん、お父さんとお母さんはどうしたのかな?」

入場口の前で顔を顰めていたのがいけなかったのだろう。不意に後ろから肩を叩かれてびくり肩を揺らす。
振り返ると従業員の男性と女性がこちらを見ていた。確かに入場するわけでなく居るだけなのは不自然だ。

「えっと・・・」

「迷子になったんです」の一言が言えない。制服を着てるから従業員だと認識するのは安直と思ったから。
という建前はさておいて正直に言うのは少し恥ずかしい。同じ道を引き返せばクローバーの塔まで戻れる。
適当に話を切り上げ引き返そうと思った。が、何を思ったか従業員は相談を始めた。帰って良いだろうか。

暫らく待っても終わる気配がないから、そっとその場を去ろうと思った。ら、不意に両側から腕を掴まれた。
突然の出来事に反射的に振り払いそうになったが従業員の女性の「もう大丈夫!」という言葉に止まった。
「・・・は?」と、素っ頓狂な声を漏らすが届いてないのか、ぐいぐいと先導される。待ったを掛ける間が無い。
そして辿り着いたのはオーナー室だった。いきなり責任者のところに連れて来られたとなると固まりもする。


(せめて総合案内所やろ・・・!?)

心の中で突っ込む

残念ながら心の声はナイトメアと違い届かない。従業員の男性が部屋の主に「オーナー」と、呼び掛けた。
いきなり責任者のところに連れて行かれるなんてまるで悪いことをした気分になってしまうのは何故だろう。
「おう、ちょっと待ってろ」と暢気な声。おそらくこの声の主がオーナーなのだろう。少しだけ話には聞いた。

四大勢力の一つ。遊園地のオーナーで役持ち。趣味は歌と楽器演奏、と、物騒な印象はまるで受けない。
が、『ただし演奏に関しては壊滅的』と、言われて一気に印象が変わった。この世界はかなり極端である。
壊滅的とまで称されるのならば本当に壊滅しかねない。それでも他の二つの領土に比べたら温厚だとか。
とは言え、領土を跨いでしまったのは拙い気がする。特に勝手を知らないにとっては致命的だと思う。


「悪い。待たせたな」

そう言って、扉を開けて出て来たのは不精髭と適当に編まれたみつあみ、そして、奇抜な黄色の衣装だ。
一瞬、呆気に取られたを視界に映してゴーランドは小さく首を傾げた。「あんた・・・」と、呼び掛ける声。
やっぱり不審者扱いされたのだろう、と思った。ら、「迷子か?」と、頬をぽりぽり掻きながら言葉が続いた。

「・・・・・へ?」

思わず間抜けな声が漏れる。否、確かに迷子ではあるけれども、一発で言い当てられるのも何だか癪だ。
返答に困っていると案内してくれた従業員の女性と男性が前に躍り出て説明してくれる。が、大体誤解だ。

「どうやら彼女、御両親とはぐれてしまわれたようで!」 「入り口で不安そうにしてたんです!!」

流石は遊園地の従業員というべきか。もの凄くはきはきとした喋り方だが事実は数ミリも含まれていない。
そもそも両親とはこの世界に来た時からとっくにはぐれている。現在の保護者と言えば一応、塔の人間だ。

ナイトメアにグレイ、そしてユリウス。そういえば、ユリウスとはあれっきり全然話してないな、と、思い出す。
邪険にされてるわけではないが距離感が掴めない。というか、ユリウスも必要以上に関与しないタイプだ。
だから必要がなければ話す機会は殆んどない。それを少しだけ寂しく思う辺り恋しくなっているのだろうか。


(・・・・・ダメなやつ)

嗤ってしまう

人と関わるのが嫌で最低限しか関わらない様にしてきた。選んだのは自分。なのに寂しいなんて勝手だ。
元の世界には望まずとも絶対に関わらなければいけない人達が居た。望まないのは嫌いだからではない。
拒まれない相手には甘えてしまう。自分の弱さは理解していたから不用意に関わらないように、と決めた。

この世界は元の世界とは違う。

絶対に関わらないといけない人達がいない世界でははいつだって孤独だ。関わる必要性が無いから。
家族という無償の愛情を与えてくれるほんの一握りの存在が無ければ自分は無意味だと思い知らされる。
それを悲しいことだとは思わなかった。だってそれが当たり前なのだから。寂しいと思う方が間違っている。


「迷子です、けど・・・迷子じゃない・・・です」

脳裏を掠めたのは元の世界のこと。それを振り払う様に小さく息を吸っては疲れたようにそう言った。
別に親とはぐれたわけではない。バザールを目指して遊園地に辿り着いたのは紛れもない事実だけれど。

「あんた余所者だろ?」

「クローバの塔で暮らしてる」と、何の前置きもなくゴーランドがそう言った。まだ名乗ってもいない相手だ。
僅かに警戒心が募った。がクローバーの塔の外に出掛けたのは今日が初。他の役持ちとは初対面。
それなのに知られている事に薄気味悪さを感じた。そして少しだけ皆に対して不信感が募りそうになった。

「・・・・・そうですけど」

遠慮なく背中をどやしながら「噂には聞いてるぜ」と、笑うゴーランドにジトリとした視線を向けてが呟く。
はたして一体どんな噂が広まっているのやら。塔に戻って確認しなければならないことがまた一つ増えた。
「俺は遊園地のオーナーのゴーランドってんだ」と、尚も続く朗らかな声に愛想笑いを浮かべながら応えた。

「で、あんたの名前は?」

どうやら名前までは聞いていなかったらしい。尋ねられて一瞬戸惑ったが相手は既に名乗ってくれている。
名乗られているにも関わらず名乗り返さないのは失礼だ。「です」と、小さく頭を下げて名乗った。
その言葉にゴーランドはで「よろしくな、!」と、友好的に手を差し出す。このパターンはもう何度目か。

だが拍手を求められて応じないわけにいかない。この世界は難儀だと握手を交わしながらは思った。
としてはなるべく安全かつ適度な距離を保ちたいと願っているのにお構いなしに踏み込んで来るから。
拒絶は立場上出来ない。否、おそらく理由はそれだけではない。だけどあまり近付き過ぎても良くはない。
分かっていても差し出された手を拒めない。優し過ぎて甘えたくなる。本当に難儀な世界だと心底思った。



「・・・・・で、迷った末に遊園地(ここ)に辿り着いたってワケか」

「遊びに来たわけじゃないんだな?」と、確認されて出されたオレンジジュースを飲みながらこくりと頷いた。
どこか残念そうな顔をするゴーランドに少し申し訳なさが募ったのは否定しないが今はおつかいの最中だ。

「まさか領土を跨ぐとは思わんかった・・・」

と、少し慣れて砕けた口調になった。「俺も領土を跨いだ迷子は騎士くらいだと思ってたよ」と、ゴーランド。
皮肉でも呆れてるわけでもなく単純に感想を述べただけだろう。はバツの悪そうな顔で目を逸らした。
何故か丁重にもてなされているが本来はさっさと買物に行かねばならない。遊びたいのはやまやまだが。

「・・・エースと一緒にせんといてくださいよ」と、肩を竦めてにが笑った。脳裏を掠めたのは騎士たる青年だ。
ナイトメアの命令によりエースは第一発見者という事での責任者になった。が、あの日以来、見ない。
実は嫌だったんじゃないのか?と、疑惑を抱いたがグレイ曰く通常運行らしいので筋金入りの迷子である。
その傾向は見受けられたが、幾らなんでもエースと同等扱いされるのは不本意だ。あそこまで酷くはない。


「まあそのおかげで会えたってんなら儲けもんだな」

余程エースと同類扱いが嫌なのかどこか拗ねた様子でジュースを啜る姿を見てゴーランドは豪快に笑った。
子供あやす様にガシガシと撫でられる。「ちょっ・・・こぼれる・・・!」。勢い付き過ぎてジュースが零れそうだ。
それをどうにか踏み留まって恨みがましい目を向けると、ゴーランドは何やら嬉々としていた。分からない。

「べつに・・・そんな大したもんちゃうやん」

「儲けもんって・・・」と、苦笑。一攫千金とかならまだしも、小娘一人に遭遇した程度でそんなに喜ばれても。
だがの呟きにゴーランドは「いーや、そんなことないぞ?」と、妙に大げさな言動でもって答えてくれる。

「塔の連中が大事にしてるからなぁ・・・ありゃ過保護過ぎる」

「ヘタすりゃ会合まで会えないんじゃないかと思ったぜ」と、何やらうんうんと頷きながらゴーランドが言った。
話がまるで読めない。「・・・会合?」と、取り敢えず耳に残った単語を尋ねてみれば親切に説明してくれた。

会合とはこのクローバーの国における催しのことらしい。各勢力が一同に会して話し合いを交わすらしい。
ただでさえ勢力間の争いが起こっているのに、そんな末恐ろしいイベントに参加できるかと密かに思った。
が、それは口にせずに続きを促す。会合は不定期に行われるらしい。塔が慌しい理由が漸く理解出来た。

だが、が一番知りたかったのはゴーランドがなぜか自分に会いたがっていたという事に関してだった。
こんな言い方をすれば自意識過剰っぽいが、会いたがっていたと聞かされたら興味が湧くのも無理ない。
たかが小娘一人に興味を持った理由。それが分かれば彼らが自分を構う理由に近付けるかもという下心。
遠慮がちにそれを尋ねた。「何で私のこと知ってたん?」、と。流石に面と向かって聞くのは気恥ずかしい。


「役持ちの連中は大体気付いてるんじゃねぇか?まあ差はあるだろうけどな」

少し考えた後にゴーランドはそう答えた。「『居る』と知ったら会ってみたくもなるもんだからな」という返答。
「・・・珍獣かなんかですか」と、包み隠さない物言いに笑った。余所者は珍しい。珍しいものに対する興味。
それが理由と聞かされ理解はしていたが少しばかりがっかりしたことは否めない。何を期待してたのやら。

「役持ちによっても違うの?」

素朴な疑問。役持ちなら大体は余所者の存在に気付ける。が、差があるという言葉が少し引っ掛かった。
「まあ、会ってすぐ分かるやつもいれば交流しなきゃ気付かねぇ奴もいるってことだよ」。ざっくりとした説明。
納得できそうで、どこか腑に落ちない。「ところで、これから用事があったんじゃないのか?」と、聞かれる。

「まだ慣れてないんだろ?送ってやるよ」

尋ねられて小さく頷くと、ゴーランドがそう言ってくれた。ちょうどオレンジジュースも飲み終わったところだ。
確かにクローバー塔の外に疎いことは否めない。また迷う可能性を考慮するとそれに甘えるのが最善だ。



「あぁ、なるほど・・・この道を抜けたら近道やったんですねー」

まるで母鳥の後を追う雛のようにゴーランドの後を付いて進んだ結果、道を間違えていたことに気付いた。
口を突いて漏れた言葉に対しゴーランドは軽く笑って「アンタ、本当に外に出てなかったんだな」と、言った。


(ぶっちゃけ今日が初外出です・・・!)

とは 流石に言えない

そして、今日が無ければわざわざ外に出ることも無かっただろう。興味はある。だけど特に必要性もない。
ある程度の安全が保障される場所からどうして出ようなどと思えよう。外出せずとも必要物資は揃うのだ。

嗚呼・・・うん。

外出の必要性をまったく感じない。ゲームに勝たねば帰れない。制するためには外に出る必要性がある。
が、危険が伴うと分かっていて外に出るには相応の覚悟が要る。それに困ったことに案外塔が心地良い。
それに甘えて引き籠っているのが現状。だがこうして久し振りに外の空気や自然に触れてみると悪くない。

「そろそろ出ないと、とは思ってたんですよ?」と、肩を竦めて言った。進まなければゲームは終わらない。
終わらなければ元の世界に帰れない。「はよ帰らんと・・・」と、呟く。怜の居るあの場所に早く帰りたかった。
この世界に少なくとも今はを害する存在は居ない。だから心地良いのは当然だ。が、そうだとしても。


「やっぱ帰りたいもんか?」

不意に聞かれて驚いた。何を当たり前の事を聞くのか。「帰りたいですよ、そりゃ」。生まれ育った場所だ。
今もきっとこれから先も自分の原点となる場所。そこに帰りたいと思うのは生き物として当たり前のことだ。

「だって大事な・・・・だいじな、場所やし」

大事な人達の待つ、と言えなかった。口に仕掛けてふと我に返った。本当にそう思われているのだろうか。
言い切れる自信なんて無い。むしろ厄介者が居なくなって清々しているかも知れない。思わずにが笑った。
でも望まれなくてきっと帰りたいと願ってしまう。帰巣本能ではない。否、それもあるかも知れないけれども。

――帰りたい。

はっきりと元の世界を思い出せないから尚更。今のはまるで宙を漂う羽のように不安定な存在だった。
どこにも確立させられるものがない。自分が自分で居られる場所が見当たらない。休む枝が見つからない。
奪うなら全て奪ってしまえば良かったのに。中途半端に残された記憶のせいでこんなにも苛まれるなんて。

元の世界を想えば自然と表情が曇る。大切だということは痛い程分かるのに、その姿がよく思い出せない。
思い出せない結果、本当にそれが正しい形なのかすら揺らぐ。自分で誇張させてるだけではないのか、と。
抱いてるものが幻想に過ぎず違ったとしたら。この世界に来てもう何度もそれを考え続けている気がする。
その度に全て忘れてしまえれば、と、元も子もない事を考える。そして必死にそれを振り払おうとするのだ。


「帰りたいってなら協力するぜ、だからンな顔すんなよ」

「今どんな顔してるか自覚してるか?」と、頭をガシガシと掻き撫でられる。苦笑したゴーランドが目に映る。
情けない顔をしてたに違いない。「・・・ありがとう」と、できるだけ笑顔を取り繕い答えた。少しだけ安心した。

「まあ、うじうじ悩んでも時間の無駄やしなぁ・・・今は、今晩の夕飯作りを頑張らんと」

そしていつもの調子で笑う。言葉なんて信用に値しない。だが、弱っている時は優しい言葉が妙に染みる。
「失敗してナイトメアに馬鹿にされたくないし」と、冗談めいた言葉。馬鹿にされるのは不本意極まりない。
ゴーランドの励ましの言葉で少し楽になったかも知れない。とは言え、負の感情なんてまたすぐ募るけど。

「あんた器用そうだから大丈夫だろ」

と、ゴーランドは笑っての頭をがしがしと掻き撫でた。遠慮のない手付きに髪がぐしゃぐしゃに乱れた。
「ちょっ・・・ゴーランドさんっ、髪!乱れるー!!」と、不満の声をあげるが「おーワリィワリィ」と、笑うだけだ。

「もう!ぜんぜん悪びれてへんやんかっ!!」

と、ゴーランドの手を両手で押さえながらが文句を垂れる。外出だからと手入れしたのに意味がない。
先程までの大人しい印象を覆す口振りはまるっきり子供だ。年相応な反応に笑いが込み上げて止まない。
頭を撫でながら指に絡めて手遊びしていた濡れ羽色の髪は細くて柔らかく、するりと指先から零れ落ちた。



不意に名前を呼ばれる。ゆっくりと視線を上げたの漆黒の双眸とゴーランドの翡翠色の双眸が重なる。
言葉の続きを待つが、続かないことには首を傾げた。それを見てゴーランドはフッと笑みを浮かべた。

クローバーの国に迷い込んだ余所者の少女。この国に来てからそんなにまだ時間は経っていないらしい。
滞在地であるクローバーの塔でとても大切にされているらしく顔を合わす機会になかなか恵まれなかった。
だから偶然とはいえ迷い込んでくれたことは幸いだった。そうでなければ会うのはもう少し後になった筈だ。


「・・・・なんですか?」

目が合ってなかなか上手く外せなかったのだろう。不意にがそう口にして同時に視線がさっと逸れた。
僅かに感じられる警戒の色。心を開いたかと思えば次の瞬間にはそれを隠してしまう。とても臆病な子だ。
小さく肩を揺らして慌てふためいた様に視線を外す姿にゴーランドはその内面を垣間見たような気がした。

「いや、なんでもねぇよ」

そう言いながら笑みを形作る。まだこの言葉はとても臆病な少女に告げるには少しだけ早いかも知れない。
にはおそらく時間が必要なのだ。警戒を解き心を開くまでの時間。そしてこの国に時間は無限にある。

――焦る必要なんてどこにも無い。

「呼んでみただけですか?」「まあ、そんなとこだな」。言葉の応酬。「うわぁ・・・しばきてぇ」と、些細な本音。
少女は気付かない。少しずつ己の領域が冒されていることにまだ。自然と紡がれる言葉に男は小さく笑う。
言葉を交わせば交わす程に気付かない間に縮まっていく距離。「」。もう一度、少女の名前を呼んだ。


「あんたに会えて良かったって思うよ。今度は遊園地に遊びに来いよ」

「迷子じゃなくてな」と、ゴーランドが笑う。それに呆気に取られたが、すぐに我に返る。微かに目を細めた。
そしてフッと表情を緩めると小さく頷いた。「でも・・・迷子じゃないですよ!エースじゃないよ!!」と、反論。
余程、騎士と同列扱いは嫌らしい。声を殺してくっくっと喉で笑う。そしてに一枚のパスカードを渡した。

最初はそれが何か分からなかったのだろう。頭に疑問符を浮かべていただったが、理解したらしい。
目を丸くした後にゴーランドをちらりと見遣ってまたパスカードに視線を落とした。それを幾度か繰り返す。
「・・・いいの?」と、遠慮がちに口にする姿を見てゴーランドは盛大に笑った。そして頷くと嬉しそうに笑った。




臆病な仔猫。

[2013年8月3日 脱稿]