教えられたのは簡単なこの国の仕組みについて。とんでも設定ばかりで正直な話、処理が追い付かない。
まずこの国には4つの勢力が存在する。そのうちの3つの勢力が領地を巡って三つ巴の状態なのだという。
一つはエースが騎士を務めるハートの城。そこは首狩りが好きな女王が居るらしい。絶対に行きたくない。
続いて帽子屋。名前だけならファンシーなのにどう間違えたかその実体はマフィア。帽子屋なのにマフィア。

最後は遊園地――突っ込みたいことは山のようにある。

だが最早ツッコミ疲れた。しかも突っ込みどころ満載過ぎてツッコミが追い付かない。だから突っ込まない。
四つの勢力の中で唯一の中立地帯なのがこのクローバーの塔だ。ここは三勢力の中央に位置している。
これでもし違う勢力に落とされていたとしたら――考えたくない。目も当てられないことになっていただろう。
塔に落とされたことは幸いだ。実際、ナイトメアやグレイ、ユリウスにまで「運が良かった」と言われる始末。


「たしかに余所者だとしても、殺されないとは限らないもんなー」

さも当然のようにエースの口から発せられた新事実に顔が引き攣る。余所者=殺されないわけではない。
絶対的な安全の保証が無い以上、自衛は大事だ。つまり注意するに越したことは無い。気が張りそうだ。
取り敢えずここは信用しても大丈夫ならしい。これで駄目だったら人間不信になる。悪化したらどうしよう。

「・・・そこは安心していい」

「きみを裏切るような真似はしないよ」と、心の声を読んだナイトメアが苦笑交じりに言った。が、どうだか。
それに対して適当に笑顔で受け流す。そして説明してくれているグレイに続きを促すように視線を向けた。
根本的に元居た世界と違う。戸惑いの方が強いのは確かだが同時に興味を惹かれたのは否定できない。

時間換算は時間・秒や分ではない。昼・夕方・夜の時間帯がバラバラに訪れるらしい。不健康極まりない。
役持ち(これは後で説明してくれるらしい)になると、意図的に時間の変更も可能だとか。便利だと思った。
バラバラに訪れるということは夜が連続したり、逆になかなか訪れなかったりする。ならいつ眠るのだろう。


「適当に身体を休めているよ」

疑問を言葉にすればナイトメアの有難い言葉。「うわアバウト!」と、思わず突っ込んだが間違いでない筈。
確かにやってくる時間帯がまちまちだと決まった時間に休息を取るのは難しい。が、にしても大雑把だろう。
慣れるまでは大変そうだが時計を持っているのは幸いだった。生活リズムはこの時計に合わせようと思う。

――電池が止まりませんよーに!


「ところで・・・エースさん仕事は?」

そこまで聞いて整理していてふと思った。城の騎士を務めているらしいエースがどうして塔に居るのだろう。
騎士というからには城に常勤しているものだと思う。もしかして自分の騎士認識がずれているのだろうか。
きょとんとした顔で尋ねればエースもきょとんとした顔でを見返した。ナイトメアが笑いを噛み殺した。

「ああ、仕事だぜ?」 「は?」

あっさり返った言葉だが意味がさっぱり通じない。思わず素で聞き返したら今度こそナイトメアが噴き出す。
笑われる理由が分からない。普通に考えておかしいだろうに。仕事なのに城に居ないってどんな騎士だよ。
理不尽にも爆笑されると癪だ。一呼吸おいて冷静に考えてみる。騎士だが城に居らず、でも仕事だという。

「つまり・・・バイト?」

アルバイト。またの名を内職。はたしてその表現が正しいのか分からないが、他に理由が浮かばなかった。
「まあそんなところかな」と、エースも笑って続けたところをみるとそういうことで良いらしい。うん、納得した。
ユリウスの仕事の手伝いをしているらしい。が、(え?できんの??)と、失礼ながら一瞬、考えてしまった。

「きみは・・・案外根に持つ方なんだな」 「うん。割と執念深いって自覚はしてる」

(手先不器用なのに?)と、更に思ったのが届いてしまったらしい。序でに先程の出来事も知ったのだろう。
苦笑交じりにに視線を向けて言った。それに応えるの口振りは爽やかである。半分は冗談だが。
和やかに会話していてふと気付く。今、現在進行形で自分がかなり仕事の邪魔をしているのではないか。

養ってもらう身だからなるべく迷惑を掛けたくないと思ったが、既にの存在自体が大いに迷惑だった。
ナイトメアもだが、グレイやユリウス、エースも仕事の手を止めて関与してくれている。申し訳ないと思った。
途端に先程までの安堵から一変して落ち着かない気分になる。気持ちの浮き沈みが激しいというべきか。
自分で意識してる以上にこの状況にストレスを感じているらしい。繊細な面があったものだ、と肩を竦めた。


「それでも、説明の続きだが・・・」

不意に肩に手が乗せられて顔を上げるとグレイの姿があった。説明を続けても良いか、という言葉に頷く。
むしろ聞かないことには何も始まらないし、行動できる範囲が分からない。聞く限りだと外に出たくないが。
中立地帯だと滅多に撃ち合いは起きないのは幸いだ。ただし例外があるのは頭に入れなければならない。

「あの、ところで・・・役持ちと役無しって?」

先程から話しに出て来た単語。気になってたが後で説明があるから、と、待っていたがかなり気になった。
頻繁に話しに出て来ることから考えてこの世界に深く関連しているのだと思うのだが。首を傾げて尋ねる。
「あと"余所者"も」。思えば気になる単語がてんこ盛りだった。好奇心に煽られて赴くままに質問を重ねた。

グレイ曰く"役持ち"は役割を持つ者。役無しは役を持たなかった者。言葉通りの説明過ぎて腑に落ちない。
役を担う者と担わなかった者で違いはあるのか。そしてその役とは何なのか。が知りたいのはそこだ。
だが雰囲気が口にすることを許さない。否、すれば答えてくれるのだろう。が、何となく聞くことを躊躇った。
ほんの僅かな際だが空気が確かに変わったから。触れるべきでない事柄なのだとは直感的に悟る。


「余所者はこの世界の住人でない者を指す・・・・・一般的にだがな」

珍しくユリウスが口を挟んだと思えば何とも皮肉じみた物言い。一般常識を今更問うなとでも言いたげだ。
決してカチンと来なかったわけではない。しかしその言い分も尤もであるから黙って聞き入れることにした。
それにユリウスにしたら仕事の手を止めてまで話し合いに加わっているのだから面倒なことには違いない。

「ちなみに俺やユリウス、夢魔さんとトカゲさんも役持ちなんだぜ」

彼はどうしてこうも爆弾投下が好きなのだろうか。喉を潤そうと口に含んだ水を危うく噴き出すところだった。
それを堪え無理に飲み込んだから器官に入って咽せた。背中を擦ってくれたのは傍に居たグレイである。
大まかな解釈で言えば役持ちはある程度の権力を有している。まさか権力者が4人も傍に居ただなんて。

ナイトメアやユリウスが権力者であることは見ていて分かる。グレイもまだ分かる。が、エースは見えない。
確かに騎士なのだから位は高いと思う。しかしこの世界の権力者には悪いが見えない。だが事実そうだ。
記憶している限りの対する態度を振り返ってみる。否、エースだけでなくこの場の全員に対する態度を、だ。


(いますぐ消え去りたい・・・)

本気で思った

割と友人のノリで接していた。ナイトメアに至ってはかなり酷いことも平気で言ってた気がする。否、言った。
ユリウスにも勢いで怒鳴って、エースに対しては失礼な発言もあった。グレイにも説明なんかさせたりして。
今更ながらとんでもないことを仕出かしてしまったものだ。それを許容している彼らも問題だと思うけれど。
は権力なんて持たない。ごくごく普通の一般的な中学生だ。人には分相応、不相応というものがある。


「役持ちだから、と、あまり気を張らないでくれないか」

「きみはきみのままで良い」と、ナイトメアが苦笑交じりに言った。その言葉で漸く我に返り顔を持ち上げる。
ナイトメアの言葉はこの場の総意なのか、エースも「そうそう」と笑っている。この笑顔に距離を狂わされる。
曖昧に笑って返したものの内心は動揺していた。どうして、この世界の住人は欲しい言葉をくれるのだろう。

――夢だから?

最初にそう言い聞かせたのはナイトメアで、欲しい言葉を惜しみなく与えてくれるのも彼。どこまでも優しい。
同調するような形だが周囲もそう。決してを否定しない。包容するように接する。それが不安を煽った。
知らない間に入り込まれて許容しそうになる。そんな錯覚を確かに覚えて、募ったのは強い警戒心だった。
この世界の住人と深く関わってはいけない気がする。深みに嵌まって抜け出せなくなる。そんな気がした。


「それに今更だもんなぁ」

いまさら畏まられても気持ち悪いと言いたいのだろうか。あっけらかんとした物言いのエースに苦笑する。
確かにもともと丁寧語と素が入り混じってたから大差ない。「あと、さん付けなんて要らないぜ?」と、続く。

「・・・つまり?」 「エースでいいってこと」

「な?」と、爽やかに笑い掛けられ言葉に困る。嫌な予感はしていたがまさか予想通りの言葉が返るとは。
それに便乗して「私もだ」とか言い出したのは言うまでもなく、ナイトメア。しかも心なしか目が輝いている。
期待の眼差しとはまさにこのこと。子供相手にこの人達は一体何なのだろう。思わず溜息吐きたくなった。

「・・・・・お二人もそう呼んでもいいんですか?」

拘る必要はない。だがあっさり受け入れるのも癪で悪戯心から二人を無視してグレイとユリウスに尋ねた。
いきなり話題を振られたものだから少し驚いたものの、ユリウスもグレイもそれぞれ頷いて了承してくれた。

「酷いぞ!」

駄々をこねたのはやはりナイトメア。予想より早く不満の声が聞こえたものだから思わず笑いそうになった。
確かに主張した当人を無視して他に話しを振るのは酷いと思う。だがそれも可愛い悪戯心と思って欲しい。
大人しい印象とは裏腹には結構な悪戯好きである。その反応を十分に堪能してからへらりと笑った。

「ごめんごめん。・・・・・ナイトメアって呼んだらええんやろ?」

でも本当に良いのだろうか、仮にも権力者に対して。「いいんだ。むしろそうして欲しい」。・・・然様ですか。
言葉要らずのやり取りが気安く感じられて落ち着く。ただしプライバシーも何もあったものではないけれど。
満足げなナイトメアの顔。目上を呼び捨てにするのは慣れない。だが本人が望むなら応えるのも悪くない。

まるで――子供みたい。

そう思うと、年上なのに何だか可愛らしく思えた。込み上がってくる笑いを殺しつつ、代わりに肩を竦めた。
どうせ心の声は聞こえているだろうから隠す必要性もない。「・・・きみってやつは」。恨みがましい声。



「愛らしいという言葉はだな・・・」

と、勝手に講釈を始めたが端から聞く気はない。何よりそういうところが可愛いとどうして気付かないのか。
否、気付かないからしているのか。(アレ素でやってんにゃもんなぁ・・・)と、微笑ましくて冷めた目を向けた。
この日、14歳にして大きな子供ができた様な錯覚を覚えたのはおそらくの気の所為ではないだろう。


いきるための処世術

[2013年4月1日 修正]