まだ子供、でも大人
[2013年4月1日 修正]
呼べばいつだって傍に居てくれて傍に居るのが当たり前だった。決して裏切らないと無条件に信じられる。
何があったとしても帰る場所はそこにある。だからまた踏み出す勇気が持てた。殻の中から出られたんだ。
それが依存だというのは理解してる。たとえそうであっても構わない。帰るべき場所は怜の傍だけだから。
「おい泣くな・・・!」
混乱して反射的に目元が熱くなったのは否定しない。が、「まだ泣いてへんわ!」と、咄嗟に怒鳴り返す。
八つ当たりだとは思った。だけど、自分はまだそれが許される子供だ。それにこっちだって怒りたくもなる。
あまりにも理不尽の連続で腹が立ってきた。挙句に面倒臭そうに「泣くな」と、言われても余計なお世話だ。
―――なんで思い出せないんだ、どうして帰れないんだ。
「この・・・っ「まあまあ、落ち付けって。ユリウスも、君も」」
不器用だが彼なりの配慮のつもりだったがこう逆切れされてはカチンと来るだろう。咄嗟に反論仕掛ける。
が、それを遮ったのはエースだ。「な?」と、宥めるような言葉に両者ともに一度冷静になろうと息を吐いた。
確かに感情的になり過ぎてしまったのは否定しない。「ごめんなさい」。非は自分にあるから素直に謝った。
それに対してユリウスも「いや・・・」と、言葉を返した。どうやらユリウスも泣きそうなに動揺したらしい。
実際のところ泣くと言うより動揺が上回って生理的に涙が出そうになっただけ。我慢できない範囲じゃない。
「あまり我慢するものじゃないぞ」と、人の心を盗み聞いて口を挟んだのはナイトメアだ。肩を竦めて笑った。
「ナイトメア様の目に触れずこの世界に余所者を連れてこれる者など限られている筈では・・・?」
「それにしても、」と、グレイが呟く。ユリウスにしても、ナイトメアにせよ、クローバーの国では権力者らしい。
その目を盗んで誰かを入国させるのは難しいらしい。この国の内情は知らないのだが巻き込まれたようだ。
「ところで」と、不意に思い立ったようにナイトメアがに目を向けた。彼の口からは碌な言葉が出ない。
――これが短時間でに刻まれた鉄則だ。
「き、きみってやつは・・・まあ良い。ところでさっきからレイとは、レイ=ミタマのことは?」
信用されてないのが伝わったのかナイトメアが頬を引き攣らせた。が、その後、諦めたように本題に入る。
確かに不安になる度にその名前を呼んでいたかも知れない。しかし怜は怜だ。レイ=ミタマって誰ですか。
首を傾げようとしたを遮ってユリウスが再びヒステリックな声で口を開いた。「・・・レイ=ミタマだと?」。
更に「知っているのか?」と、凄まれる。言う前に言葉を遮っておいて凄むなんて一体全体どういう了見だ。
それに対しては首を横に振った。レイ=ミタマなんて知らない。の知る怜は名字を持たない犬だ。
薄らとしか思い出せない。それでもちゃんとその体温も鼓動も感触も全て覚えてる。だから余計に歯痒い。
「レイ=ミタマって人は知りません。怜は私の家のワンコやけど・・・」
その言葉に嘘は無い。はレイ=ミタマという人物を知らない。怜と同じ名前だと言うことは分かったが。
犬と呼ぶにはあまりに近い。他人の目からしたら異常なのだろう。だがは生まれながら一緒に居た。
兄弟同然。生まれた時から寄り添っていた。傍に怜がいるのが当たり前で、居ない方がおかしく感じる程。
「だが可能性は大いにあり得る・・・忌々しいネコめ」
の言葉に納得を示した後、ユリウスは忌々しそうに吐き捨てた。二人の間に何事かあったのだろうか。
レイがに接触したのかは分からない。しかし何らかの手段を講じてレイがにハートの薬を渡した。
それだけは絶対だと言える。思えば普段ならしつこい程ユリウスに構いに来るレイが一度も顔を見せない。
「つまりそれって・・・何らかの目的があってこの子を入国させたって事だよな?」
顎に手を当てて何かを思案していたエースが不意に口を開いた。「そういうのって困るんだよなぁ」と、呟く。
彼もまたこの国の秩序を担う一環なのだろうか、口を挟む余地のないやり取りには静観を決め込む。
エースの言葉にいっそう眉を顰めたのはユリウスだった。「薬を・・・飲んだんだな?」と、不意に問われる。
「薬っていうか・・・ジュースっぽいドリンクだって聞いたんですけど、それなんですか?」
いい雰囲気ではないことは空気から察せられる。飲んだのかという問いに不承ながらも頷いてそう尋ねた。
断定的な聞き方なのは小瓶の中身が空だから。その返答にユリウスは溜息を漏らした。何だと言うんだ。
「・・・お前はゲームに参加しなければならない」
諦めたようにユリウスが言った。いきなりそんな事を告げられて素っ頓狂な声が漏れたとしても仕方ない。
唐突にゲームに参加しなければならない、と、言われたところで納得いかないし理解が及ぶものではない。
どういう意味なのか、と視線を向けると「分かっている。の所為じゃない」と、ナイトメアが口を挟んだ。
「だが・・・それでもきみは帰れないんだ」
続く言葉の中で「帰れない」という単語だけが妙に響いた。一瞬、頭が理解を拒もうとしたが出来る筈ない。
だが帰れないと分かったところでどうしろというのか。「はっ・・・!冗談も大概にしてよ」。思わず吐き捨てる。
ただでさえ見知らぬ場所に来て平静を取り繕うのが難しいというのに。なのに帰れないなんて馬鹿げてる。
「冗談ではない。お前は・・・今すぐには帰れない」
相手は子供で、どれだけ隠していても分かり易い。それを察しながらも溜息混じりにユリウスはそう告げた。
「大体・・・説明になってへんやんか!」と、納得できないのは露わにしは言った。何ひとつ答えてない。
尋ねたのは小瓶の正体。ワケの分からないものを飲んだなんて気持ち悪い。否、全てが気持ち悪かった。
「それに帰れへんってどういうこと?今すぐってことは、時期が来たら帰れるん?ゲームって何?」
矢継ぎ早に疑問を口にする。気付けば申し訳程度に使っていた丁寧語も取れていた。それどころじゃない。
帰れない事が一番納得いかなかった。どうして?望んで来たわけでもないのに帰ることができないなんて。
だがユリウスは言った。「今すぐには帰れない」と。それはつまり今は無理でも何れ帰れるということなのか。
本当はいますぐにでも帰りたい。怜に会いたい。元の世界への思い入れはあんまりないが怜だけは別だ。
怜が居なければ世界は成り立たない。それは大嫌いな闇の中に放り込まれるような感覚によく似ていた。
黒白に塗り潰されて何も見えなくなる。過度な依存だとは分かっている。それではないけないということも。
でも――まだ、その存在に甘えていたい。
「・・・ゲームに関して私達が口にすることは出来ない」
「ルール違反になるからな」と、ナイトメアが言う。席を立ったと思えばこちらに近付いてそっと頭を撫でた。
ナイトメアは優しく微笑んだ。「これは夢だ。ひとときの夢・・・そう思えばいい」。そして耳元でそう囁かれる。
此処に来てから初めて誰かに触れられた様な気がする。ナイトメアは優しい。だがその優しさが怖かった。
驚きと躊躇いが入り混じった目で見つめる。途端に不安が募って周囲に視線を流した。見たのはユリウス。
「お前が飲んだのはハートの薬だ。それが満ちるまでは帰れない」
何となくだがこの中で一番誠意的なのはユリウスな気がした。面倒臭そうにそれでもちゃんと答えてくれる。
「ハートの薬?」。なんて胡散臭い名前だろう。それに飲み干した瓶が満ちるなんて何ともナンセンスな話。
だがユリウスの言葉は信憑性があるような気がした。信用はしないが性懲りもなく疑っても前に進めない。
「・・・どうやったら満タンになるん?」
問題はそこだ。流石に喉の奥に指を突っ込んでなんてグロテスクなことしたくない。むしろゲームじゃない。
考えた瞬間、近くでナイトメアが「グロイ事を考えないでくれ」と、口元を押さえている。知ったこっちゃない。
勝手に読んだ方が問題だと思う。が、一応「あー・・・ごめんごめん」と、気分悪そうにしている背中を擦った。
「この国で普通に生活してたら自然と溜まるよ」
口を開こうとしたユリウスを遮りエースが言葉を紡いだ。彼の言う普通がどこまでを指すのかが分からない。
聞きたい根本的な部分が欠落している気がする。口に出せない一定の範囲はルールに位置してるらしい。
それを強引に聞き出そうとするのはそれこそルール違反というもの。郷に入らば郷に従え―ということか。
腑に落ちない部分もあるにはある。ハートの薬という妙な薬を飲まされた挙句それが満ちるまで帰れない。
薬を飲んだ以上ゲームに参加しなければならずそのゲーム内容はルール違反だから知る事ができない。
唯一のヒントは普通に生活してたら自然に溜まるという言葉だけ。しかもその間を夢と思えば良いなんて。
後、これはどうか分からないがレイ=ミタマという人物だ。この人物に会えば何かが分かるかも知れない。
しかし――
(衣食住がなぁ・・・)
肩を落とした
この世界で知り合いなんて存在しない。まだ14歳の子供が一人で生活するにはかなり無理があるだろう。
権力者であるらしい彼等を頼るのが無難なのだろうが、どうにも気が引けた。が、他に方法が浮かばない。
どうしたものかと思案する。貸しを作ったところで返せる宛てもないしその時までここに居るとは限らない。
「そう気負わなくても良いと言ってるだろう?我々はきみを歓迎しているんだ」
「気にせず頼ればいい」と、ナイトメアは苦笑交じりに言葉を紡ぐ。本当に人の心を読むのが好きなんだな。
呆れる反面、その言葉には少しだけ感謝の気持ちが募った。正直、心細いしやっていける自信なんてない。
それでもやっていかねばならない状況下でこうして手を差し伸べられると安堵してしまう。縋り付きたくなる。
――しないのはせめてもの意地だ。
「・・・・・よろしくお願いします」
遠慮がちに言葉を紡いで頭を下げた。「畏まらなくてもいいぞ」と、ナイトメアが言うがこれはケジメだから。
信用できるかと問われるとまだ無理。だが少なくとも現状を踏まえて考えると彼を頼るしか選択肢は無い。
和やかな空気の中で独り、視界の片隅で複雑そうな表情を浮かべるユリウスにその時は気付かなかった。
まだ子供、でも大人
[2013年4月1日 修正]