それから幾度も盤面は変わり気が狂いそうになるほど時が廻った。どれだけ経ったのかよく覚えていない。
墓守領が消えては今、時計屋の部下をしている。回収は同僚がやっているからは見つけること。
残像達を統率し、隠された時計を探し出す彼女のことを、葬儀屋の部下だからだろうか、『死神』と呼んだ。


「やあ!、もう仕事を終えたのか?」

陰気な森の中には似合わない爽やかな声にはぼんやりと目を向ける。目に痛い赤いコートが映った。
応えてもないのに勝手に隣を歩くその男に溜息混じりに「・・・まあね」と、答える。人は望まずとも変化する。

いつぞやの引っ越しではアリスと離れた。そして墓守領からも弾かれた。だがそれは当たり前のこと。
この世界の盤面はいつでも変化する。同じということはあり得ず、出会いと別れを幾度も繰り返すだけだ。
それに慣れたのは何回目かの引っ越し。エースとさえ離れた。時計屋と一緒だった。部下にしてと頼んだ。


「きみは相変わらず俺には酷いよな〜」

「流石に俺も傷付くぜ」と、軽口を叩くのはハートの騎士・エース。今回の引っ越しで一緒になった同僚だ。
ハートの騎士と言ったが正しくは『元』だ。この国の彼はユリウスと親友であり、時計屋の部下をしている。

そして、妙にに構う珍妙不可思議な存在。

は最低限度しか彼と関わらないようにしている。なぜなら、その存在がどうにも好きになれないから。
否、その姿をかつて自分が愛した存在に重ねてしまうからだ。長い期間、時を重ねた彼はここには居ない。
引っ越しを境に離れてしまった。いつか会えるかも知れないと最初は儚い期待を抱いてたが今はもうない。

彼女が愛したものは何ひとつとしてこの国に存在しない。

自分なりに償ってきたつもりだがまだ足りなかったらしい。これが罰なら受け入れるべきだと理解している。
それでもはこの生を恨まずにはいられない。大切なものが何ひとつないのにどうして存在するのかと。
「時が巡ればまた会えるさ」と、言ってくれた彼は消えてしまった。自分自身のゲームに敗北して、永遠に。


「その程度で傷付くほど繊細な心してへんやろ」

エースの言葉を一刀両断して先を急ぐ。時計塔で待つ上司に今回入手した情報を伝えなければならない。
そうすればの仕事は片付く。残りは隣の胡散臭い笑顔を貼り付けたろくでなしがどうにかするだろう。
その先は自分が関与すべき領域では無いと知っている。あとは新たな情報を探して回るだけ。それだけ。

「そういえばこの間、"余所者"がやってきたんだって」

足が止まった。無言で続きを促すようには視線を向ける。エースはしたり顔で「聞きたい?」と、問うた。
「・・・名前は?」と、口にしたのはそれだけ。時計屋からそんな話は聞いていない。つまり仕事中の出来事。

余所者の名前は――"アリス"。今はハートの城に滞在しているらしい。白ウサギによって連れて来られた。
色々な領土を巡ってゲームを攻略すべく奮闘してるらしい。詭弁を真に受けるなんて相変わらず真面目だ。
巷の噂では帽子屋ファミリーのボス・ブラッド=デュプレが興味を示しているという。頑張って逃げて欲しい。


「そっか・・・アリスが」

口にした言葉は困惑と歓喜が入り混じる。曖昧に濁すように目を伏せて、頬が緩みそうになるのを堪えた。
また、この世界に迷い込んでしまった。だけど今度は上手いことやっているらしいと知って正直ホッとした。
おそらく会うことはないだろう。きっとアリスはを知らない。だから同じ世界の片隅でその幸せを願おう。

「待ちわびた・・・って顔、してる」

不意に隣から声が聞こえて顔を上げると同時に唇に何か触れる。重ねられたものもまた唇だと理解する。
目を見開いた時に見えたのは端正なエースの顔。青年の顔。目を閉じていても端正な顔立ちだと分かる。

記憶の中の幼いエースと、目の前の騎士の姿が確かに重なって見える。その度に胸が締め付けられた。
なまじ同じ名前なだけにどうしても二人が重なって見える時がある。違うと頭では嫌という程に理解してる。
だけど消えない。こちらに向けられる眼差しがあまりにも酷似していて彼に対する想いが消えてくれない。


「・・・そりゃな」

「それより退いて」と、少し離れた瞬間に胸を押して距離を空ける。そして呆れた様子でその言葉を紡いだ。
いくら血迷ったとはいえど流石に恋人と似ている同僚とキスするなんて間違っている。その弱さに呆れた。

「君って誠実っていうか・・・真面目だよな〜」

と、気にした様子もなくエースが言う。何の切欠だったか、前に居た国に恋人が居たことを彼は知っている。
おそらく酒の席でつい口走ったのだろう。そうと知っていながらちょっかいをかける精神を少し疑うけれども。
過去の事なんて忘れてしまえば良いとこの世界の住人は皆、口を揃えて言う。今だけを愛でれば良い、と。

だけど、そんなこと出来るわけない。

そう出来ない自分はつまり未だにこの世界に溶け込めていないのだろうか、と、錯覚してしまう時がある。
自分の胸から時計の音が聞こえてこないこともそう感じてしまう一因かも知れない。一人だけ変わらない。
変わることが出来ないまま存在している。それがいつまで経ってもを孤独から引きずり出してくれない。


「・・・でもさ、」

不意に手首を掴まれ腕を引かれる。力に負けてその腕の中に飛び込んだかと思うと耳元で声が聞こえた。
「いくら待つとは言っても限界があるんだぜ?」と、囁かれて、驚愕する。脳裏を掠めたのはいつかの夢だ。
自分の世界を変える為に奮闘した結果、瀕死だった。その刹那に見た夢か現か。強い印象は赤色だった。



――『 待 っ て る 』





.....To be continue?



終わらないゲーム。

[2013年10月8日 脱稿]