ちょうど――防犯面でちょっと不安があってさ、どうにかならんかなぁって思って。

給料はそんなに出せへんけどね。  ・・・賄いくらいならだすよ?


――『JabBerWoCky(わがや)の番犬になってよ』



「ぐっ・・・!」

くぐもった呻き声と共に最後の一人が地面に倒れた。情事の最中は気付かないフリを通したが今は別だ。
彼らが盛った張本人でないことは明白だがそれと繋がりがある。まだ息が残っている男の傍に屈み込む。

「・・・で、誰の命令なのか教えてもらえないか?」

にこりと微笑み尋ねた。それは普段の刺客を相手する時と何ら変わらない。送り主が城関連でないだけ。
マフィアという組織は城に比べて分かり易い。個で動くのではなく組織として動く事が主だからなのだろう。
そして組織に対する忠誠心は血の掟を交わす程に強い。目の前の男の苦痛に呻いてもオメルタを貫いた。

死人に梔子。口を割らぬ者は死人と変わらない。これ以上の言及は無駄と踏んだのか大剣を振り上げた。
そもそも無理矢理に吐かす必要は無かった。彼女は既に刺客を送ったであろう人物に気付いているから。
殺すな、と言われなかった。だがアリスを危険に晒すそれに相当苛立ってたのか「排除しろ」と、言われた。
芝生に赤い血飛沫が舞った。刃に付着した血を払うのと同時に幾つかの気配。エースは顔を持ち上げた。


「・・・騎士の仕事にしては随分と遠出ね」

「エース」と、皮肉とも取れる言動。振り返ると血の香に僅かに顔色が悪いアリスと呆れた顔のの姿。
それらが時計に変わるのを見届けた後「・・・別に殺せとは言ってへんけど?」と、冷やかな目を向けられる。

「JabBerWoCkyの背後に番犬が居ることを知られるのは望ましくないんだろ?」

それに対して笑顔を崩すことなくエースが答える。情事を見られた時点でその関係性は自然とバレるもの。
口封じは必然であり見逃すことはあり得なかった。命を奪わずともその術があるなら教授願いたいものだ。
視線を逸らしたアリスを尻目には物言わぬそれを一瞥して「殺したら同じやろ」と、肩を竦め息吐いた。

アリスと同じ余所者であるは決して人の死や血、争いに慣れているわけではない。だが順応していく。
否、フリが上手い。それは自分がこの生活を選んだ時から抱いている覚悟なのだろう。決して揺らがない。
だが思うところはある。目を伏せて小さく息を吸い込むと「・・・・・ほんまに駄犬やな」と、呆れたように言った。


「無抵抗ってわけにもいかへんかったんやろ。でも・・・次は殺さなくていい」

溜息混じりに言った。本当は殺さなくて良いではなく、殺すな、と言いたいのだろう。死を正視したくはない。
だがその言葉を呑み込んで命令を下した。役持ちならまだしも役無しを御する術は持ち得ているから、と。



時計の回収があるから、と場に留まったエースを残してクローバーの塔に戻った。以前なら時計塔だった。
店にも簡単な生活を送れるだけのスペースが裏にある。でも自分から中々外に出ようとしないユリウスだ。
ユリウスの顔が見たくて二人は仕事が終わると時計塔に戻っていた。故に滞在場所はある意味、時計塔。

否、正しくは"だった"。クローバーの国に引っ越しで時計塔は消えた。そして出現したのはクローバの塔。
無くなったのは時計塔とJabBerWoCkyの店。ナイトメアの厚意でプレハブ小屋を店舗として営業している。
だが流石にそこで生活出来るだけの環境は無い。よって日常生活はクローバーの塔で送ることになった。




不意に呼び止められて振り返った。そこに居たのはトカゲの補佐官ことグレイだ。小さく首を傾げて応えた。
書類を片手にしていることから仕事関連だと察する。会合の人手が足らないらしく手伝って欲しいとのこと。
前の国とは違って開店休業状態のJabBerWoCkyには嬉しい申し出だった。頼みというよりも正式な依頼。

内容を尋ねれば、仕事は大まかに分け二つ。休憩時間に会合の参加者に支給する飲食物の準備と提供。
そして中身は無いが形式上として会合の書記を務めて欲しいとのことだった。英文はもう勘弁して欲しい。
書記はアリスに任せようと密かには心に誓う。準備と提供に関してはむしろの得意分野である。
「それから・・・」と、まだ続きがあるらしい。どこか言い辛そうにグレイが口を開いた。珍しく歯切れの悪い。


「・・・騎士と付き合っているのか?」

と、どこか複雑そうな表情。それに対して「・・・え?」と、小さく声はあげたものの、それを否定はしなかった。
暫らく間を空けてから小さく頷く。その言葉をどういう意図で言ったか知らない。が、関係性としては正解だ。
その言葉にグレイがより表情を険しくさせた。「君はそれで良かったのか?」と、問われて言葉に詰まった。

「それが正しいことやと思ってるよ・・・・・私にとっても」

多分、と、心の中で付け足す。己の領域に踏み込ませたことは今でも正しいか分からない。が、信じたい。
自分にとってもJabBerWoCkyにとってもエースの存在が必要だったということ。JabBerWoCkyは弱いから。
アリスを失うわけにはいかない。だから、守れるだけの力が必要だった。エースなら剣として申し分が無い。

結果としては正しいことだったと思う。

一つ想定外だったのはエースとの関係だ。相応の対価は払うつもりだったが彼が『関係』を求めてくるとは。
それが嫌というわけではない。そもそも嫌なら決して触れさせたりしないし力付くで拒絶することも可能だ。
が、なまじ嫌でないことが厄介だ。触れ合う温もりに安堵している部分がある。それが何よりも厄介だった。


(・・・錯覚しそうになる)

恋か 愛か

否、きっとどちらでもない。エースは壊れものを扱うかのように優しく触れてくる。だから勘違いしそうになる。
あり得ないと理解しながら、触れられる度に熱くなる身体に毎度どれだけ困惑と苛立ちを募らされることか。
いっそ焦りさえ抱いてしまう。錯覚しないようにと平静を装うがその度にほんの僅かに鈍い痛みが走った。


『好きだよ』

――そう言われた時、頭に来たことは否定しない。

エースの言葉は上辺だけだ。否、偽りはないのかも知れない。だとしても言葉のままだ。中身も何も無い。
引き留める様にそう吐き捨てられた。あの瞬間にいろんな感情が駆け巡り、どうしようもなく泣きたくなった。
それを辛うじて堪えて払いのけるように答えた。不毛なことは好きではない、と。『片思いごくろうさま』、と。
誰に対する言葉かなんて言うまでもない。紛れもない自分自身に対して。気付きたくなんてなかったのに。


が決めたことなら俺が口出しすべきではないと思っている。だが・・・」

一拍置いてグレイは「騎士は止めた方が良い」と、遠慮がちにそれでも迷い無くそう言い切った。そう思う。
あんなどうしようもない男に惹かれるべきでないと頭では理解している。それに元の世界に戻るのだから。
戻ると決めてる以上、ひと時の気まぐれで心残りを作るべきでない。そんな簡単なことは子供でも分かる。

「ほんまそれ」

そう言って肩を竦めて小さく笑うとグレイは少し驚いたように目を見張った。気付いてないと思ったのだろう。
エースが碌でもない男と言うことは重々理解している。その本質の中に刹那的で虚無な一面があることも。
グレイは優しい人だ。いつかこちらに危害が及ぶかも知れない可能性を考慮して釘を刺してくれるなんて。

惹かれるならこういう相手であるべきだと思う。当たり前のように人並みに幸せになりたいと願うなら尚更。
だけど自分は愚かだから違う。自嘲とも取れる微笑を浮かべては目を伏せた。脳裏を掠めるのは赤。
目が痛くなるほどの赤に抱かれて熱に浮かされる。消し去ろうとしてもその残像は決して消えてくれない。


惹かれているなんてこと――認めたくない。


もう諦めました。

[2013年10月16日 脱稿]