良い事も悪い事も 受け入れられなくて
初めから無い物を 必死に探していた
【遠い匂い/YO-KING】
「・・・・・」
言葉が上手く出て来ない。さも当然の如く銀時がそう言ってのけるものだから、返す言葉が浮かばなかった。
きっと間抜けな顔をしていたのだろう。銀時が笑う。そして髪をくしゃくしゃと掻き撫でられる。大きく温かな掌。
撫でられる感触には「髪ぼさぼさになるやろ!」と、身を捩る。が、決して嫌な気はしない。目を細めた。
――たぶん、この光に護られてる。
決して太陽みたいな明るさを持っているわけではない。どちらかというと、分かり難くて仄かな優しい明かり。
光が欲しくて。馬鹿みたいに追いかけてる。まだ追い付けないけど。それでも、いつかそこに辿り着きたくて。
可笑しな話だ。立場としては万事屋の相棒として対等の筈だが気持ちの上ではまだ追い付く事が出来ない。
追い付きたいけど届かない。それは年の功も関係しているのかも知れないが、それだけはない風にも思う。
具体的に何かと問われても答えられないのだけれど。銀時の背中は広くて大きく、見ていて安堵を覚える。
だがあくまで見ている分には、の話。その背中に、見えない背の向こうに。何を背負い、何を見据えるのか。
守られるのは好きではない。しかしは銀時に守られている。ならば、その銀時を誰が守ってやるのか。
「じゃあ・・・私も引っ張ったげる」
暫しの沈黙の間を置いた後、不意にが口を開いた。予想外のその言葉に銀時は思わず視線を向けた。
その視線を背中に感じつつ、答えようとせず庭先に降り立つ。守られるだけなんて御免だ。性に合わない。
望ましいのは基本的にギブアンドテイク。与えるだけも、与えられるだけもお断り。あくまで対等で在りたい。
「・・・・・お前にできんの?んなひょろい腕で」
他意はない。ただ、口を開いて最初に零れたのはその言葉だった。何を思っての言葉か理解出来なかった。
負けず嫌いだと思った。がそうであるのは知ってる。腕を引かれ、立ち上がらせて貰うことを望まない。
庭に降り立ったが不意に振り返った。月を背にして表情は見難い。しかし確かにはわらっていた。
「銀さん私のこと舐め過ぎやろ」
そう言って笑うに余裕を感じた。口角を吊り上げて笑うその様は年相応。否、不相応。否、やはり相応。
ずっと子供だと思っていた。否、実際に年齢的にはまだまだ子供だ。子供と大人の狭間で揺蕩う立ち位置。
濡れ羽色の髪が月光に照らされて艶やかに映った。一瞬、フラッシュバックの様に脳裏を過ったのは残像。
――失くしたものを思い返すなんて愚かだ。
だとして忘れることなんて出来ない。忘れようとすればする程に、よりいっそう鮮明に脳裏を過る。思い出す。
忘れるなんて出来ない。「・・・ナめてねーよ」。誤魔化す様にいつもの調子で答える。間髪入れずに返った。
「舐めてるやん」。責めるわけでもない。だが肯定以外を許さない揺るぎない響き。強引だ、と溜息が漏れる。
「ンだよ・・・さっきから妙に突っ掛かってきやがって」
調子が狂う。今日この日の所為なのか。はたまた違和感の所為か、どうにも勝手が利かずに違和感ばかり。
面倒臭そうに吐き捨て視線を向けた銀時だったが再び目を見張る。振り返ったもまた銀時を見ていた。
その漆黒の双眸があまりにも強く先程までの脆さはどこに消えたのかと思った。闇に溶ける澱み無き漆黒。
は時折、驚く程に表情を変える。いつものへらついた顔ではなく、真っ直ぐで凛とした印象を受ける顔。
澄んだ漆黒色の双眸に全てを見透かされているような錯覚に陥った。これがの本質なのだろうか。
普段はその飄々とした笑みと無邪気な言動に覆い隠されて気付かない。仮面の下に丹念に隠された素顔。
なぜそれを隠すのか理由は知れない。が、世辞でなくそれは素直に綺麗だと称賛する事が出来る気がした。
そう、まるで獣――それは、黒い獣。
猫は時折、喉を鳴らして甘えることを止める。そして、不意に獲物に鋭い爪を。研ぎ澄まされた牙を剥くのだ。
凛と佇み、印象を一瞬にして覆す。しなやか且つ悠然に佇む姿はさながら豹。その瞳は、姿は、魅了させる。
おそらく、気付いてないのだ。
本来の自分。埋もれて隠れてしまった真の姿には気付いてない。見ないフリを通しているだけなのか。
それを惜しいと思う気持ちは否定しない。だとして、強制する気も無いのだが。本人が望まねば意味がない。
羽化を待つ蛹のように殻の中に引き篭もっている。否、それも含めてなのだが。脆さも、繊細さも全て。
「別に突っ掛かってへんやん」と、銀時の言葉には飄々と答える。どこがだよ、と、言ってやりたくなった。
物言いからして既に突っ掛かっている。が「別に」と、付ける時は決まって気に入らないことがある場合。
とは言え、それを言及したところでおそらく答えはしないのだろう。銀時は肩を落として小さく溜息を漏らした。
「私、そこまで
弱ないよ」
薄らと開かれた唇から発せられる。その言葉に銀時は視線を持ち上げる。は酷くあっさりとそう言った。
どの口が弱くないなどとほざくのか。今し方まで過去に囚われ泣きながら目を覚ましたような小娘のどこが。
「・・・そうかい」。返した言葉は酷く投げ遣りだった。先程も言った通り言及したところで答えは返って来ない。
「せやねん」。諦めたような銀時の言葉には飄々と笑う。呆れられている事すら気に掛けてないらしい。
強がりだと知っている。自分に誰かを護れる力があるなんて思わない。弱い事も自身が一番理解している。
どうしようもなく愚かしくて、足掻く姿は酷く滑稽だ。無力で脆弱な道化。どうしようもない人間だって知ってる。
――何一つとして守れやしない。
(ほんまエゴやんなぁ・・・)
から笑い
本当に自分勝手でエゴイストだと思う。否、むしろ単純過ぎるだけか。誰かの為じゃない。全ては自分の為。
誰かが泣く姿は好きじゃない。誰かが苦しむ姿も目障りだからあまり好きではない。笑っていればいいんだ。
面倒事は嫌いだ。清濁全てを呑み込んで笑えばいい。笑ってさえ居てくれたらいい。それ以上は言わない。
「じゃあ見せてみろよ」
フッと笑みが零れた。不意を突いたその言葉には視線を向けた。視界に映った笑みは空虚な気がした。
いつもと変わらない調子なのにどこか自嘲を孕んでいるような。急速に苦い思いが込み上げ言葉に詰まる。
そんな風に笑って欲しかったわけじゃない。そんな言葉を言わせたかったわけじゃない。そうではないのに。
「・・・・・・・バカヤロー」
無意識にその言葉が漏れる。「は?」と、不意打ちの暴言に銀時が素っ頓狂な声を発した。問われても困る。
嫌なタイミングで酔いが切れてしまった。まだ残っていたら酔いを理由に本音を漏らす事も出来ただろうに。
とは言え、切れてしまったものはどうしようもない。真実は闇の中。素面で本音を語れることなどありえない。
言いたい言葉は呑み込まれ、その代わり口から飛び出したのは可愛げの欠片も感じられない言葉ばかり。
「ちょっとちゃん・・・誰が馬鹿よ。酷くね?」
「・・・ヒドないやん別に」
「いやどう考えても酷ぇだろうが!」
「誰がバカヤローだこの大馬鹿ヤロウ!」と反論すれば「あんたのことやろこのすっとこどっこい」と、返った。
その口を縫い付けてやろうかと本気で思ったのは否定しない。更に言い返そうとすれば「うるさい」と、一言。
騒ぎ過ぎたら皆が起きるだろう、と咎める視線に銀時は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて口を噤む。
「・・・・・つか、おまえコロコロ変わり過ぎ。さっきまでピーピー泣いてた癖によ」
理不尽だ。一気に酒を煽って溜息混じりに吐き出す。しかしどの記憶を辿ってもピーピー泣いた覚えは無い。
「耄碌した?」と、ごく自然に言葉を返したに銀時の顔が引き攣る。この娘は本当にああ言えばこう言う。
「勝手に記憶を捏造せんといてよ。そもそも泣いててもしゃーないし」
「無意味なことは嫌いやねん」と、あっさりと吐き捨てた。その言葉に銀時は目を丸くする。悲壮感が消えた。
意外だった。あんなにも落ち込んでいたのに今はもう普通。その珍しい反応にが笑ったらしばかれた。
泣いていたのは否定しない。夢に、過去に心を乱された事を否定はしない。だけどそれはもう過ぎたことだ。
泣いて変わるならば声が枯れるまで泣いてやる。だが泣いたところで世界は何一つとして変化しないから。
過去に囚われて立ち止まりたくない。過去を想って涙を零すなんてあまりに不毛だ。だから泣いたりしない。
今、自分は曲がりなりにも立っているのだ。そして、この先も生きている限りは立って歩き続けねばならない。
足を止めることはできない。振り返ることはしない。足を止めれば、振り返れば。直ぐそこに過去が在るから。
――捕まらない様にと、目を逸らす。
「おーおーちゃんは一歩成長したわけでちゅ「・・・ぎーんーさーんー?」」
大人びた物言いで言い切ったをからかうように銀時が口を開こうとした。が、それを遮り響くの声。
冗談が過ぎたらしい。にこやかに笑っているがこれはロクな事にならないと銀時の勘が告げる。これは拙い。
基本的に温和で滅多に喧嘩なんて買わないだがその報復はさり気に怖ろしい。というか、厄介である。
「第一めそめそしてるとか女々しいやん」
「いや、女々しい以前に女だからね?」
「しかも鬱陶しい」
「いや、それさり気無く酷くね!?」
「それに・・・・・あんま心配かけたないし」
冗談もそこそこにが口を開いた。かと思いきや容赦無い言葉の数々。それに突っ込まずに居られない。
だが最後だけは少なからず本音なのか肩を竦め苦笑した。"心配かけたくない"相手は恐らく銀時ではない。
その目は確かに銀時に向けられていたがが見据えているのはもっと別の者。今はもう居ない存在だ。
心配を掛けたくないなんて押し付けに過ぎない。幾ら想っても、幾ら叫んでも、もうその声は決して届かない。
だが、そこでさよならだなんて思いたくない。なくなったら終わりだなんて、そんな寂しい考え方はしたくない。
甘い考えだと、現実は冷たいものだと理解している。だけど理解と納得することは別物。必要な言葉はある。
――自分に言い聞かせる為の。
「気張るなよ・・・たまにゃ文句言ったってかまわねぇよ」
そんなに銀時は小さく息を吐き出すと、ぼんやりと空を仰ぎながら言葉を紡いだ。その横顔を見つめる。
「ずっと我慢する必要なんざねぇ」と、しみじみ紡がれた言葉に耳を傾ける。月を眺めながら銀時が言った。
ぼんやりと眺める視線はどこか違うところを見ているようにも思えた。何を考えているかなんて分からない。
「我慢するために理性があるんちゃうの?」
ずっと我慢する気なんてさらさらない。だが多少の我慢は必要だ。まだその範疇にあるとは思っている。
だがその言葉を銀時は「違ぇだろ」と、否定した。何が違うというのか。理解出来ないとばかりに首を傾げた。
「・・・・・勝手に先にいきやがったんだ。それくらいあたりめーだろ」
大切だったものを想い、心を乱されるのも。堪らずに涙を零すことだって。決して可笑しなことではないのだ。
そう言った銀時の横顔を見ては何となく思う。(・・・・・銀さんもなんかなぁ)と、それを言及は出来ないが。
――おそらく、
なくしたのは自分だけじゃない。遅かれ早かれ、誰しも一度は必ず経験する事。それを抱え生きているのだ。
銀時がどんな過去を抱いているかなんて知る由も無い。また、それを知りたいとは思えない。抱え切れない。
自分で手一杯なんだ。手を差し伸べることは出来ても拾い上げることは出来ない。自分はその程度だから。
「・・・確かに。それくらい当たり前やんな」
「ま、そういうことだ」
「銀さんにしては珍しくええこと言うなぁ」
フッと息を漏らして小さく笑うと縁側に腰掛け、柱に凭れると冗談交じりに言った。「珍しくは余計だっつの」。
「だってそうやろ?」と、失礼な発言をする。「この野郎」と、銀時が返せば「野郎じゃありませーん」と、反論。
「つかお前なに笑ってんの?」「いや、銀さんって歳に似合わず子供っぽいよなと思って」。テンポ良い会話。
「あーなるほど」と、その言葉に一度は納得した銀時だったが聞き捨てのならない言葉に堪らず口を開いた。
「って、なに言ってくれちゃってんの!?銀さん立派な成人男子なんだけど!?」「ちょ・・・動揺し過ぎやろ」。
まさしくその反応が子供っぽいのだと言っているわけだが、当人がそれに気付くのはまだ暫く後の様である。
「って・・・銀さんシメ過ぎシメ過ぎ!!ギブッ!!」
「此処は日本語だ。外来語じゃなくて日本語で言えコノヤロー!」。あまりに笑ったの恐らく要因なのだろう。
隣から伸びて来た腕が首に回って締め上げられる。所謂、ヘッドロック。普通、女の子にかける技じゃない。
「功さん?誰ですかそれ、聞こえねぇなぁ・・・」
分かっている癖に。「ギャ〜ちょ、勘弁してくださーい!降参!こうさーん!!」という声に、聞こえないフリ。
酒も入っている所為か絡みっぷりが半端無い。加減はされていてもその暑苦しさといえば言葉に出来ない。
――暑苦しい。
「ごめんなさーい!つか銀さん、ちょ、まじでそろそろ・・・・・!!」
暑いんですけど、と言い掛けた言葉が不自然に止まる。顔を上げた瞬間、あまりにも近くにあって吃驚した。
下手をすれば鼻先がぶつかりそうな距離に思考が停止する。そもそも至近距離なんて慣れてないだ。
普段はマダオな印象が強くて意識した事が無かったが間近見ればそれなりに整っている方だとよく分かる。
そんな整った顔が間近にあって驚かないわけがない。後ずさろうにも頭をロックされているせいで引けない。
「ほんっっっと間抜け面だな」。妙に本当を強調された気がする。銀時の失礼な一言に思わず顔が引き攣る。
人の頬を掴んだかと思えばこの発言。しかも目が据わっている。酒の一気飲みのし過ぎだこの酔っ払いめ。
だいたい、
(・・・・・誰が間抜けだ、誰が)
内心思う
この天然パーマネントめ。何より、酒に酔って絡んで来るような男にだけは言われたくない。このたわけめ。
先程までの緊張感を返せと言いたい。否、あの状況が戻ってきたとしても対処および反応に困るのだけど。
だが幾らなんでもこの扱いって酷い気がする。は溜息が漏れそうになるのを堪えて銀時に目を向けた。
「おめーにゃ・・・それが・・・むにゃむにゃ・・・似合い・・・だ・・・・・」
寝惚け声で言われた。(おいちょっと待てそれどういう意味)。要は間抜けな女だと思われてるということか。
人の頬を好き勝手引っ張り、頭をぽふぽふした後、酒に呑まれて寝てしまった銀時。本当にマダオである。
溜息混じりに倒れ込んで来た銀時を受け止める。と言っても、当然支え切れず床で後頭部を打ったのだが。
「この酔っ払いめ・・・・・」
まともに受け身も取れなかった所為で背中が痛い。しかも押し退けようにも重くて無理だから物凄く困った。
おそらくこの調子だと朝には背中も悲惨なことになりそうだ。本日幾度目かの溜息が漏れてはそう呟く。
失礼な発言をした上にこれでも一応年頃の女の子に圧し掛かって寝るなんて全く以ってデリカシーが無い。
とは言え、規則正しい寝息が聞こえてきたら怒気も萎える。ふわふわの銀髪越しにぼんやりと空を仰いだ。
色々とあったが、結果的にこの心は少し晴れたのだと思う。情けない話だが、一人だったら時間が掛かった。
銀時は深くは追求してこない。それが逆に安心出来た。まだ触れられて平然としてられる自信はないから。
こんなやり取りも傷の舐め合いになるのだろうか。否、別に傷の舐め合いだって構わない。不毛なのだけど。
情けなくて愚かで無駄な行為だと思う。だけどそんな無駄な行為で少しでも心穏やかになれるなら悪く無い。
(あー・・・・・明日、皆に大目玉喰らいそうやなぁ・・・)
肩を竦めて笑う
自分としては然程気にならないが、傍目に見れば誤解を招きかねない気がする。当然と言えば当然なのか。
相棒という関係以前に、一応、年頃の男女という立ち位置がある。まあそれより兄であり家族であるのだが。
この世界で帰る場所を与えてくれたのは銀時だ。居場所を与えてくれた。だから誰よりも笑っていて欲しい。
――どんなことでもいい。
「アンタも間抜け面が似合ってるよ」
あんな顔は見たくない。寝ていることを知ってるからこそ小さく呟く。は銀時のそんな顔が気に入ってる。
出来れば哀しい顔は見たくない。そんな顔よりも今、目の前にある間抜けで無防備な顔の方が余程好きだ。
ぼんやりと腕で月の光を遮る様に目元を覆う。まだ光は射さない。もう少しだけこの場所にまだ居たいと思った。
いつかは進まなければならないことは理解してる。それでもまだもう少し。甘えだと十二分に理解しているんだ。
でもまだ此処に居たい。の唇が僅かに動く。呼んでも答えてくれないと知っている。だが恋しくて堪らない。
「・・・怜」
―― それはたったひとつのなまえ。
翌朝――
「ちょっと、銀さんもちゃんもこんなとこで何してんですか!?」
「ずるいアル!二人して酒飲んでしけ込むなんて!!」
「そういう問題じゃないからっ!つか、何言っちゃってんのぉっ?!」
「あらあら・・・見当たらないと思ったらこんなところに居たのね、二人とも」
「って、姉上・・・なに持ち出してんですかそれ!?つか、それなに?!」
志村家の縁側で仲良く眠っている銀時との姿が見られたそうな。この騒々しさに目覚めるまであと少し。
ついでに周囲に転がっていた酒瓶や徳利の数々が見つかってこっ酷く叱られるまでにもあともう少しである。