「そ、それは・・・」

辺りの驚いた様子と同様にハタ皇子もまた動揺しているのか言葉を詰まらせた。表情はどこか曇っている。
当然だろう。一方的とは言え、皇子はペスに家族同然の愛情を注いでいた。形は歪んでいても大切なのだ。
仮にもし躊躇うこともなく許可していたら家族と名乗る資格は無かっただろう。所詮、その程度しか無かった。

かと言って、「いいえ無理です」と言われてあっさり引き下がるわけにもいかない。この星はペスに生き難い。
元の母なる星に帰してあげることが一番ベスの為になる。それに、幸いなことに帰す方法に当てがあった。
それにハタ皇子は一つ勘違いしている。またペスと一緒に居られる、と。だけどそれはどうやっても無理だ。


「ならんに決まっているだろう!その下賤な生物は然るべき場所にて然るべき処遇を受けるのだ」
「然るべき?・・・どーせ処分することしか考えてへんにゃろ?」

沈黙するハタ皇子を尻目にここぞとばかりに鮎川が言葉を紡ぐ。その言葉には鼻で嗤ってそう答えた。
救われた事への感謝は無くその目は嫌悪で満ちている。おそらく、嫌悪対象にはも入ってるのだろう。
それを理解しているからか、相変わらず鮎川に対するの態度は冷たい。否、向ける視線でさえ冷淡だ。


処分――文字通り命を刈り取られるということ。その言葉に小さくハタ皇子と新八が肩を揺らした。殺される。
分かっていたことだ。国を、街中を荒らして回ったベスがこの星で生かされることは決して無い。有害生物。
未遂とは言え、殺す気でいかなければ止められないほどの危険な生物を野放しにすることは到底できない。

処分しないと国が荒れる。国が荒れるとなれば当然、政治が乱れる。核が乱れることは秩序の崩壊を指す。
無秩序となってしまえば国は滅びの一途を辿るだけ。たった一匹の生物の責で国が揺らぐなど許されない。
如何な理由があれど、国荒らしの咎を背負ってしまったベスは地球では生きられない。誰もそれを許さない。

例えハタ皇子が殺すなとわめいたところで所詮は異国星の異星人。聞き入れられない。箱入り息子の戯言。
全をまもる為に個を屠る。それがこの国の在り方でそのことを否定するつもりは毛程も無い。当然の処置だ。


「当然だろう。国を荒らした不逞な輩を生かすわけにいくまい」 「御国の為に命一つは安いって?」

吐き捨てる様に鮎川が返した。哀しきかなそんな事はもう理解している。命を大事に、は、所詮、理想論だ。
幾ら理想を語れど、現実とは残酷で決して変わらない。だけど「はいそうですか」なんて受け入れられない。
鮎川の言葉に対して俯きがちだったがゆっくりと口を開いた。口角を持ちあげて小さく喉で笑って言う。

「・・・・そらもっともやわ」

まさかの肯定の言葉に思わず目を剥いた。慌てて新八はに視線を向けるが彼女は相変わらずだった。
笑っている。別に何かおかしいことがあるわけじゃない。ただ、腹の底から笑いが込み上げて来て仕方ない。


大を取るか小を取るか。そんな事は言うまでも無い。――大を取るに決まっている。小なんて腐るほどある。
一つや二つ減ったところで痛くも痒くも無い。だから人は人を殺めるのだ。減る事に躊躇いを覚えたりしない。
たとえば命が蛍の光のような小さな灯だとしよう。灯は地球上のそこかしこで光っている。とても綺麗な輝き。

だが、光は時に魔を誘う。人間の精神の奥底に眠る狂気を呼び覚まして、惑わし狂わせる。壊せ、と、囁く。
ねえ、考えたことはない?こんなにもたくさん似たものが在るんだから一つくらい消えたって問題ない、って。
小さければ小さい程、多く存在するそれらを壊しても世界は何一つ変わらない。そっと耳元で囁きかける声。

行動に移すか否か――それだけのこと。


「っちがう・・・ッ・・・そんなの間違ってるよっ!!」

沈黙が続く中、最初に口火を切ったのは新八だった。その言葉にその場に居た全員の視線が新八に向く。
「・・・新八?」。まさか、彼が口を挟むとは思わなかった。銀時は意外そうに目を丸くして隣の新八を見遣る。
初めて見た時、不器用なやつだと思った。同時に、真っ直ぐな()をする(やつ)だとも思った。好感を抱く人柄だ。

「・・・・・」

鮎川は無言で新八を見据えた。「何が違うのだ」と、その双眸は語る。まるで刃の様にその瞳は冷たかった。
息が詰まりそうになった。一言でも発すれば切り捨てられるのでは、と、錯覚する圧力。だけども退けない。

「命は軽いもんなんかじゃありません・・・そんな・・・何かと比較できるような代物じゃないっ!」

口を開いたら止まらない。新八は勢いに身を委ね思った言葉を連ねていく。何が正しいなんて知るものか。
ただ、鮎川の言葉が、の言葉が。納得いかない。納得できない。自分にとって正しいと思える言葉だ。
だから譲れないし、他の誰かに間違ってると言われてもそうとは思わない。命が軽んじられて良いが筈ない。

国をまもるのは幕府(おかみ)の仕事。国の民をまもるのも幕府(おかみ)の仕事。国荒らしは重罪で処分も当然かも知れない。
だけど未確認生物とはいえ、ペは生きとし生けるもの。その命は決して粗末にして良いものではない筈だ。
国の安否を考えて処分するなら、殺処分でなくとも他に手段はあるのではないだろうか。元の星に戻すなり。
武士道を重んじたこの国に於いて軽はずみな殺生は如何なものか。下賤であれど情愛掛けてこその侍だ。


「・・・・・情愛が武士道ならば犠牲とて武士道の内だ」

一度に言い切った新八は緊張もあって息絶え絶え。そんな彼に無情にも鮎川はそう告げて、一刀両断する。
あくまで自分の意見が正しい。ペスは処分すべき対象だ、と。反論に詰まって苦渋の表情を浮かべる新八。
そんな二人のやり取りを眺めていたの口元に自然と笑みが浮かぶ。それはいつもと変わらない笑み。


言葉の矛盾は目を瞑るとして、単純に嬉しかった。自分の意見に同意者がいるということはとても心強い事。
ベスを死なせたくない想いから言葉巧みに翻弄しようとした。正直な話『大人』の正論を出されたおしまいだ。
屁理屈をごねることは出来ても解決策を提示出来ない。言ってしまえば子供の我儘。まるで信憑性がない。

でもね、

命一つをまもるのに理屈なんて必要ですか?立派な大義名分を掲げる事の方が余程滑稽に見えるだろう。
こうして温もりを持ち鼓動を打ち、目の前に存在する命が消えるのを誰が望めるだろう。消えないで欲しい。
存在するものが消失する瞬間はいつだって虚しい。そんな虚しさを体感したくないから。生きていて欲しい。

これが情愛だとすれば、鮎川の提示する犠牲に何の意味があるだろう。強いて言うなら民への見せつけか。
国を脅かす者には必ず制裁が下される、と。実施することによって見せつけ、反乱分子を牽制するだけの。
方法なんて幾らでもある。なのにわざわざそれをする必要性がない。それとも資金?戻すのにも金が要る。
国荒らしの宇宙生物に金を掛けるだけ無駄という事なのか。それを掛ける価値さえペスには存在しない、と。

個人の思想など関係無いと切り捨てられたら終いだ。だけど思わずにいられない。命を奪う必要はあるか。
子供染みた理想論に塗れた意見かも知れない。我儘で甘えなのだと理解してる。だけどもそこは譲れない。
だからだろうか、嬉しかった。肯定されたことが。自分の考えを共有してくれる人が居た事が嬉しかったんだ。


「つーかよぉ・・・こんなタコ助一匹で廃れる国なんざいっそ滅びちまった方がいーんじゃねの?」

沈黙を破って銀時が言葉を紡ぐ。まるで当たり前のようにそう言ってのけた。いつもと同じで頬を掻きながら。
「確かにな・・・」と、その隣で何かを考え込んでいた長谷川が呟く。その一言は周囲に大きな影響を齎した。

長谷川の呟きはネコ側に傾いている証拠。幕府の人間が耳にすれば目くじらを立てるような不穏当な発言。
それを平然と言ってのけた万時屋にも、武士である自分に対して武士道を説く目の前の小童も正気を疑う。
皇子の狂乱を殴って諌めた長谷川に対しても思ったがこいつらは生粋の大馬鹿者だ。愚かとしか言えない。


国と命――比べるまでもない。

何よりも優先すべきは、護るべきは国なのだ。



「長谷川!貴様っ・・・幕府の者でありながら罪人の肩を持つというのか?」
「そうじゃねぇよ。鮎川・・・おまえ、ちょっとあのじゃじゃ馬に固着し過ぎなんじゃないか?」
「固着だと?俺は守るべきものを優先して正論を述べたまでだ」
「それが間違ってるっつってんだよ。見てみろよ、あの傍若無人が今は赤子みたいに大人しいじゃねぇか」
「そんなものっ・・・いつ凶暴化するとも知れぬだろう!」

長谷川と鮎川はかつてその立場を懸けて競い合った好敵手だ。意見が割れても相手を認める点はあった。
だが今は違った。鮎川は長谷川の意見を認めることが出来ないそれは間違っている。正しい決断では無い。
殺す必要は無いという長谷川に危険因子は排除しろという鮎川。どちらも国を想っての言葉には違いない。


「・・・・・せーへんよ」

苛烈化していく長谷川と鮎川の口論の最中、は溜息混じりにそう口にした。やれやれと言わんばかり。
その一言でぴたりと口論が止まった。そして二人の視線は同時にに向けられた。二対の目は真剣だ。

「貴様の言葉など信用できる筈あるまい」 「ガタガタうっさいねん禿造(はげづくり)。黙って人の話聞けへんの?」

の言葉に牙を向いて噛み付く鮎川。それに対してぴしゃりと言葉を返すの目は相変わらず冷たい。
どうにもこの二人は相性は悪い。口を開けば衝突を繰り返すのは双方、互いに嫌悪感を抱いているからだ。



ベスはもう暴れない――と、は言った。


信じるのが難しい一言をなんてこと無いかの様にあっさりと。その言葉に周囲は驚愕の目をに向けた。
それに対してにこりと笑顔で応える。ペスがふたたび凶暴化する事は無い。少なくともこちらから煽らねば。
まだ過度の興奮が残っているとはいえ、傷の手当てと先程までの暴走で少しは発散されマシになっている。
元の粗暴さはどうしようもない。しかし少なくとも自分が居る限りは大丈夫だ。鎮静化させる事が可能だから。


「何で嬢ちゃんにそんな事がわかるんだい?」

何の根拠もないその発言に訝しさを隠しきれず長谷川はサングラスの位置を直しながら視線を向け尋ねた。
「・・・ネコだから」と、ごく当たり前のように口角を吊り上げて不敵に笑うとは言った。自信を感じさせる。

「今までの・・・見てたやろ?ベスはええ子やからこれ以上、暴れたりせぇへんよ」

今までを見て来たからこそ不安を隠せない。なのにはベスを優しい目で見つめて頭を撫でながら言う。
まるで信憑性の無い言葉に長谷川は目を丸くした。「確証は、」。確認の意味合いも兼ねてそう問い掛けた。


「そいつがもう暴れないって確証があるのかい?」 「あるわけないやん。でも、だいじょうぶ」

念を押す様に視線を向けて尋ねればあっさりが答える。是ではなく否。あるわけない、と堂々言い放つ。
確信があるならまだしも全くない。にも関わらず自信げに根拠もなく「大丈夫」と言う。その目は揺らがない。

――まるで子供の屁理屈だ。


「えっ?!ど、どういう事ですか?銀さん!?」

全く話が読めない。の言葉に不意に肩を揺らし笑いを堪える長谷川の姿にわけがわからず困惑する。
そして新八は困惑を隠し切れずに口を開いて隣に目を向けた。ら、銀時も腹を抱えて笑っていた。何なんだ。
「おい答えろよ!」と、困惑は次第に苛立ちに変化して銀時を揺さ振る。そんな二人を眺めてが笑った。


とんだ我儘だ。

こんな我儘な娘は見た事が無い。


あれが嫌だこれが良いああしろ、とのたまう癖に根拠を示せと言えばそんなもの無いと平然と言ってのける。
それも、微塵も揺らがない自信をその目に堪えて言うのだ。その自信がどこから来るのかと聞いてみたい。
それ以前にこんなにも清々しく言われると、まるで頑なになっているのが自分みたいで馬鹿らしく思えてくる。

何より不思議なのは、の根拠の無い発言がなぜだか本当になるような、そんな錯覚さえ覚えてしまう。
信じても大丈夫だ、と、そんな気にさせる。所詮は子供の戯言。されどもその戯言に翻弄される自分が居る。
自分はネコに関与する機会は無かったがその知識だけは一応ある。これがネコの力だというなら恐ろしい。


「オイおっさん、そのへんで負けてやったらどーだ?・・・ったく、あいつぁ・・・」

笑いを噛み殺しながら銀時が言った。口にしたものの結局笑いを押し殺せずまたくつくつと喉で笑い始める。
銀時の言葉に相変わらず肩を震わせて手をひらひらと降り返した長谷川。お互いに何か通じ合ったようだ。

「・・・んで、嬢ちゃん。そこまで言うってんなら、もしもん時ァ責任取れんのかい?」

一頻り笑ったところで長谷川が改まってと向き合った。サングラス越しに向けられる視線はどこか鋭い。
先程までのふざけた様な雰囲気とは異なり確かな威圧感があった。責任という単語が妙に頭の中に残る。

「・・・・・」

そこで初めては反応を止めた。笑みを消すことはしない。だが不用意な言葉を発する事はせず考える。
僅かに目を細めて長谷川に返すべき言葉を丹念に選ぶ。無意識に損得勘定してしまう自分にはうんざりだ。

「命、懸けられるのか?」

サングラス越しの真剣な眼差し。その空気は何となく察することが出来た。これが大人の『責任』というもの。
この先、嫌で付いて回るもの。新八が心配げな目を、銀時は何を考えているわからないがこっちを見ている。
鮎川の殺気を必死に堪えた視線と長谷川の覚悟を問う威圧感溢れる眼差し。これだから大人は嫌なんだ。


馬鹿馬鹿しい――。

命なんて懸けられるわけないじゃないか。強気に言ってのけてみても所詮は希望的観測であり確証は無い。
先のことなんて誰にもわからないしそんな不確定未来の責任なんて取れるわけない。あまりにナンセンス。
何でもかんでも責任なんて問うから臆病風に吹かれ可能性を潰しているとどうして気付かないのだろうか。

責任なんかの為に命を懸けられるわけがない。無責任だと罵られるならそれでも構わない。だけど事実だ。
そんなくだらないものの為に命なんて懸けたくない。我が身は可愛いものだ。くだらないことに費やせない。
だけどもこれはある種の好機。これを逃せば次にいつそれが訪れるのか分からないしこないかも知れない。
ならば選ぶべきは一つだと最初から決まっている。責任なんてくだらないもののために命なんて懸けない。


私は、

―――信じている。



「・・・賭ける、よ」

長い沈黙の後、ゆっくりと動いたの唇がそう刻んだ。その言葉に長谷川の口角が無意識に持ち上がる。
「ペスは暴れへんからね」。暴れたとしても、止められる。フッと口角を持ち上げて挑戦的な笑みに変わった。
「じゃじゃ馬娘が」と、長谷川が呟く。それを聞いていた銀時も小さく笑った。これは博打だ。負ける筈が無い。
はここで引くような弱気な女じゃない。これが賭けである以上は引かない。ベスの為とは言わない。



死なせない 死なせたくない

しなないでほしい


(・・・きえないで・・・)

ずっと 願ってた

心のどこかでずっと、そう願う気持ちがあった。脳裏の片隅で懐かしい黄昏が揺れた様なそんな気がした。
もうあんな思いをするのは嫌だから。それにそっと蓋をする。ペスは死なせない。意地と尊厳を懸けた以上。



「貴様らっ・・・揃いも揃ってネコに誑かされたというのか!?」


和みかけた雰囲気の中で不意に怒声が響き渡った。



勝敗を左右するのは運ともうひとつ

[2012年1月10日 修正]