(・・・あったかい・・・・・)

それでいて 心地良い

最初に感じたのは痛覚では無く、何かに包み込まれる様な感覚。ただ温かかった。それでいて心地が良い。
それが何であるのかは分からない。でも何となく、ずっとそこに居たくなった。心の底から安堵出来る温もり。

――まるで揺り篭みたい。



「・・・   ・・・・・     !!」

誰かが呼んでいる。もう、さっきから五月蠅いな。起こさないで欲しいのに。もう少しこの場所に留まりたい。
そう願えど声は容赦なくを起こそうと響く。そして次の瞬間、光が差し込んだ。眩し過ぎるものじゃない。


" "

呼んでいるこの声は銀時だ。その後ろで同様に何度もの名前を呼んでいるのはおそらくは新八だろう。
そんなに心配しなくても大丈夫なのに。むしろちょっと喧しい。まだもう少しだけここでまどろんでいたいのに。
だがこうも呼ばれると意識がそちらに引っ張られる。まるで行かなければならないかの様に引き上げられた。



「ん・・・っ・・・」

ゆっくりと目を開けた。最初に目に入ったのは帰り血を浴びた銀時の銀色の髪。ふわふわ風に揺れている。
覚束ない意識の中で生臭い血の臭いが嗅覚を刺激する。強過ぎる錆びた鉄の臭いに思わず眉を顰めた。

心配そうにを覗き込む新八と、ホッとした顔をしている銀時。温かいと思ったのは抱かれていたからだ。
上手い具合に背中の傷に触れない様にしてくれているから痛みはほぼ感じない。「良かった」と、新八の声。
開口一番に「・・・ペスは?」と、問うた。どうしても確かめたかったのはペスの安否だった。無事なのだろうか。


「あ〜・・・一応、な」

その言葉に目を丸くする。そして決まりが悪そうに視線を漂わせた後、ペスが居るであろう方に目を向けた。
つられて目を向ける。何となく予想は付いている。意識を手離した時点で物語は決まったも同然なのだから。
だけどまだ間に合うかも知れない。どこから湧いたのかもわからない自信が内側でみるみると湧いて来る。

「い"っ"!?」

身体を起こそうと試みた瞬間、思っていた以上にダメージを受けていたらしく鋭い痛みが全身を走り抜けた。
咄嗟に蹲って痛みを懐柔しようとするが、痛みの方も案外しつこくて一向に痛みが止まない。息を吐き出す。


「おまえな・・・ちったぁ自分の身体のことも理解したらどーだ?」
「駄目だよちゃん!背中をかなり強く打ってるんだから!!」

銀時の呆れた声と、新八の気遣う声が耳を掠める。全くだ。思った以上に強かったらしい。道理で痛む筈だ。
視線だけを動かしてペスの方向に目を向けて思わず息を呑んだ。否、一瞬、息が詰まった。己の目を疑う。

血塗れで、虫の息。銀時は無益な殺生を好みはしない。だけど、こうしなければ止められなかったのだろう。
せめて自分の意識があればどうにかなったかも知れない。過ぎた事を言っても詮無い事だが。思ってしまう。

でも、まだ間に合う。

背中は少し動かしただけでかなり痛む。大木に直撃した拍子に少し擦れたのかも知れない。ジクジク痛む。
だけど体質を考えれば優先すべきは何か、足りないお頭でも分かった。ただし銀時との約束を破ってしまう。
今更かも知れないが出来るだけ守ろうという気持ちはあった。でも今回ばかりは例外だ。優先事項は一つ。


「・・・っ銀さん。ペスの傍に連れてってもろていい?あと・・・・・ごめん、約束破るかも」

かも、ではなく、確実に破る事になるだろう。の申し出に銀時が渋い顔をした。何となく予想はついてた。
が、こうも外れ無く言われると渋い顔もしたくなる。「・・・一回だけな」と、諦めた様に言う。止めるだけ無駄だ。


(・・・・ったく、こいつぁいつもこうだ)

本当に呆れた

こんな時のには何を言っても無駄だという事は十分承知している。見た目に似合わず頑固一徹なのだ。
下手に止めようとすると無茶するから厄介だ。の無茶はこの一年で嫌という程見て来た。ヒヤヒヤする。
自分がやりたいと思えば顧みることもなく平気で無茶をやってのける。止めようとしても梃子でも動かない。

まもりたいものがあれば怪物だろうが敵だろうが何だろうとも容赦なく薙ぎ倒していく。傍若無人とも言える。
何が何でも最優先でそれをまもろうとする。まるでそれをまもれなければ自分が死んでしまうかの様に必死。
柄ではないし似合わない。おそらく無自覚だろう。とんだじゃじゃ馬が居たものだと銀時ですら呆れてしまう。

――しかし、それがという女なのだ。


「・・・ペス。大丈夫?痛かったやろ?」

弱り切ったペスの顔付近まで銀時に近付いてもらった。その後は、ペスを興奮させない様に離れて貰った。
そして呼び掛けてみると案の定、先程と同じ瞳をして弱々しく鳴き声を発した。縋るような覇気の無い声だ。


流石に傍を離れるのは危険かと思った。が、銀時の考えを察していたのかは「大丈夫」と、へらり笑う。
その大丈夫こそが一番あてにならないことはよくよく理解している。が、今は邪魔をしない方が良いのだろう。
大人しく地面で待つことにする。この大きな生物にどんな対応をするのかお手並み拝見といこうじゃないか。

ふと振り返ると、新八が顔面蒼白で口を金魚の様にパクパクさせている。確かに初めてだと驚くに違いない。
どうやら自分は新八の宥め役に徹する必要があるらしい。が、念の為に「無茶すんなよ」と、声を掛けておく。
銀時の言葉に分かっているのか否か案の定。締まりの無い笑顔が返って来た。思わず溜息が零れ落ちる。


「大丈夫。すぐ痛くなくなるからな」

そう言って、ペスの頭部のイボイボを撫でた。その触感はなんとも表現し難いが一度触ると何だか癖になる。
そしていつもと同じようになるべく優しく話しかける。ペスが大きな目をこちらに向けた。ほらね、やっぱりだ。

胸の前で指先を使って三角形を描く。内側から溢れて来るそれを感じながら更に意識を三角に集中させる。
不意にの指先から金色の光が零れた。光は拡散して砂金の様にハラハラ降りベスを包み込んでいく。
意識はペスに向けたまま反らさない。指先から零れる光に自分の内にあるものも引き摺られそうになった。


、ちゃ・・・ん・・・・・?」

新八は茫然と呟く。まるで夢を見ているみたいだ。目の前の幻想的な光景にただただ呆然と佇むしかない。
不思議なことにゆっくりと少しずつだが確実にペスの傷が癒えていく。思わず新八は隣の銀時を見遣った。

「・・・あとであいつに聞けよ」

どういうことですか、と、口にする前に銀時は面倒臭そうに鼻を穿りながらそう言った。なんて役に立たない。
だがその目は、死んだ魚の様な眼は健在だが真っ直ぐにの金色の光を見つめ続けていた。褪せない。

その光は褪せることなくペスを包み込んでいる。まるで抱きしめるかの様に。離れていても分かる温かな光。
それに抱かれてペスは母親の胎内に居るかのようにまどろんでいた。先程までの荒々しさはどこにも無い。
母胎の中でたゆたう胎児のように安らかに眠っている。あの荒くれ者がすっかりとに身を委ねていた。


「・・・・っ・・・」

久し振りにこの能力を使った所為か、身体が追いつかなくてフラつく。それを支えたのはペスの触手だった。
「おーい、大丈夫か?」と、下から銀時の声。その声にひらひらと手を振り返した。大丈夫、とは、言えない。
それでも「へーき」と、へらっと笑って答えたが顔色までは隠せなかった。ほんの少し青褪めている様に思う。


(・・・ったく。面倒かけさせやがって)

諦めに似た 溜息

たとえ無理するなと言ったところで「してない」と、答えるのだろう。伸ばした手をやんわりと退けて笑うのだ。
あの虚勢だっていつの間にか懐き始めたペスに罪悪感を抱かせないためだろう。平然を取り繕って見せる。
それを言葉にして確かめようとしたところで、あの娘は違うと首を横に振るのだろうけど。「自分の為」だ、と。


「おぉ!ペス!元気になったのだな!!」
「皇子!なりません。斯様な下賤の生物に近付いては危険です!」

殆ど傷の癒えたベスを見て感極まって駆け寄ろうとするハタ皇子。すかさずその腕を掴んで鮎川が止める。
そして諌める様に言葉を発した。ベスを一瞥した鮎川の目は明らかに穢れたものを見る様な目をしていた。
「何故じゃ」と、ごねるハタ皇子と「なりません」と、引き留める鮎川。二人のやり取りを冷めた目で見つめる。


嗚呼、やっぱり――。

分かっていた。だけどこうして目の当たりにしてしまうと何とも言えない気持ちになる。違うのだ、と、思った。
人間と動物とでは違う。それを人は差別でなく区別だと言う。それこそが円滑な生活を送る為に必要だ、と。
確かにある一定のラインを引くのは双方の為に必要かも知れない。否、おそらくは必要なことなのだと思う。

だけど、


「・・・ハタ皇子」

ペスの頭に腰掛けていたが静かに呼び掛けた。その表情は前髪に隠れていてはっきりとは窺えない。
だがその声調に新八は心臓がドキリとするのを感じた。静かで、それでいて単調。謳う様にその名前を紡ぐ。

「なんぞや?ネコよ」

ハタ皇子は早くベスに駆け寄りたくて仕方無いのだろう。腕を掴むその手を振り払おうと躍起になっている。
だが呼び掛けに応えてに視線を向けた。皇子としてはベスだけでなくネコにも帰って来て欲しいらしい。

ハタ皇子は確かに馬鹿だしどうしようもないちゃらんぽらんの我儘なボンボンだ。そして動物が大好きな人。
動物好きである気持ちは本当なのだと思う。そう信じたい。そして動物好きに悪い人はいない。彼は子供だ。
まだ精神的に幼いが故に正しい愛し方が出来ないだけ。「好き」というだけでは一緒に在ることは出来ない。

命を在るものを養うことには「責任」と「思いやる気持ち」が必要になってくる。それが養う者の「義務」だから。
自分がそれを十分に持ち得るかと問われたら決してそうだとは言えない。そんな驕った考え方は出来ない。
自分がやろうとしている事が正しいとは言い切れない。傍から見ればそれは間違っている場合もあるから。
だけどこれは考えた末にの出した答えだ。たとえそれが間違っていると言われようとも変える気は無い。


「皇子にお願いがあるんよ。あと・・・ネコちゃうから」

苦笑を浮かべながらネコでない事だけはハッキリ訂正しておく。ここを無視すると追い追い面倒な事になる。
そんな気がした。傷の手当てを経てペスの心に触れたからか、今は心が安らいでいた。分かり合えたから。
だけどペスに頼まれたわけではない。これから言う事はの勝手だ。正直、余計なお世話かも知れない。


(勝手かも知れんけど・・・)

少しだけ 不安が過る


「なんぞや?」

皇子が首を傾げて問い返す。鮎川の怪訝そうな顔が視界に入るが、それを外してハタ皇子だけを見つめた。
きっとこの星はペスには暮らしにくい。今まで母なる星で自由に生きて来たペスにとってはきっとこれからも。

覚悟は決めている。それでもどこか心細くて、惑う様に視線を泳がした。やはり自分は臆病な人間だと思う。
不意に視線を感じてそちらに目を向けた。物言いたげな新八の頭を押さえながら銀時がこっちを見ていた。
視線が重なる。蘇芳色の瞳に心がホッとするのを感じた。「大丈夫」だと、そう言って貰えたような気がした。



「ペスを、元の星に帰してあげてくれへん?」

深呼吸、後に、ハッキリと言葉を紡いだ。


大き過ぎるタコは固くて美味しくないと思うんだ

[2012年1月10日 修正]