渋々だがは話してくれた。最初の話では実家の事情で江戸に出た所を銀時に拾われたとの事だった。
が、真相を聞いて新八は耳を疑った。最初の話と全然違うじゃないか!というのは、この際、置いておこう。
実は異世界の人間でした、なんて、突拍子もない話に頭を抱えたくなった。確かに初見で話し辛い内容だ。

そんな話をされても信じられた無かっただろう、というのは否定できない。

ある日突然、異世界に飛ばされた。そして偶然、飛ばされた先が不運にもハタ皇子の目の前だったらしい。
そしてあろうことかハタ皇子はを『ネコだ』と言って飼い出す始末。これが首輪の発端。何というプレイ。
一週間近く軟禁された挙句その間の食事は猫缶と牛乳だけ。年頃の女子にその仕打ち。衰弱は免れない。

好い加減うんざりしたはある日、見張りの目を盗んで逃げだしたらしい。そして歌舞伎町に逃げ込んだ。
その際に彼女を追跡したのが鮎川だった。満身創痍で路地に逃げ込んだところをお登勢に拾われたらしい。
お登勢を介して銀時と出会って今に至るという経緯があった。波乱万丈というか、突っ込みどころが満載だ。


「っていうか、アンタ何犯罪スレスレなことしてんのーっ?!」

スレスレというか、最早完全にアウトゾーン。今まで黙って話を聞いていた新八だが堪え切れず突っ込んだ。
此処まで来ると同情せずに居られない。それはトラウマにだってなる。溜息混じりに新八はハタ皇子を見た。

・・・・・ら、


「うむ?余は犯罪など起こしておらんぞよ。ネコを可愛がっただけだ」
「いやそれぜんぜん可愛がってないからね?むしろ虐待だからね?」
「つか首輪付けて檻に軟禁って時点で明らかに犯罪の香りしかせーへんやろ」
「余のペットをどう扱おうと余の勝手ではないか」
「あんたそれ動物保護団体に訴えたら罰金もんよ?ねぇ分かってる?なぁっ!?」

何の反省もしてなかった。素知らぬ顔でシレッと言い放つハタ皇子に再びの堪忍袋の緒が切れそうだ。
それを宥めながら新八も口を挟もうとする。が、不意に大地を揺らがす地響きが鳴り渡った。足元が揺らぐ。


「おおーペスじゃーペスが余の元に帰って来てくれたぞよ!!」

咄嗟に傍にあった新八の腕を掴む。驚いた顔をした新八だったが空を覆う巨影に別の意味で目を剥いた。
感極まった声で帰還を喜んでいる皇子はさておき住宅を薙ぎ倒して巨影が姿を現わした。紛う事無き蛸だ。

否、蛸と称するには少々アレだが――兎にも角にもタコだ。


「うっそん!?明らかにペスって顔ちゃうよね?コレ」
「誰か捕まえてたもれ!!」
「つか人の話聞けやこのバカ皇子っ!!」
「ペスぅぅぅ!?ウソぉぉぉぉ!!!」
「だから言ったじゃん!だから言ったじゃん!!」

愛玩動物(ペット)というからには犬や猫サイズを普通思うだろう。が、甘かった。想定してたサイズを余裕で超えた。
ついでにその獰猛さも猛獣並だ。ギャーギャーと喚き立てる声に反応してベスがこちらをギョロリと睨んだ。


「やばいって。こっち見てるよこれマジでやばいって」

明らかに獲物を見つけた様なペスの視線に銀時は笑みを引き攣らせた。見つめられると照れるじゃないか。
・・・じゃなくて!想定外も甚だしい。割の合わない仕事にも程がある。下手するとこっちが食われそうである。
そして不意に気付いた。ペスが見ているのは一団では無く、ある人物だけだ。恐る恐る彼女に目を向けた。

「うむ。ペスは猫が好物だからな。ネコを餌として考えたのだろう・・・」 「暢気に解説してる場合ですか!!」

ベスは明らかに銀時の隣のを見つめていた。それはもう愛しい恋人を眺めるかの様な恍惚とした目で。
能天気に解説を続けるハタ皇子を一喝して新八は振り上げられた触手をかわした。地面が大きく振動する。


(あー・・・これ、もしかして・・・・・)

冷静に考える

目の前に居るのはTV中継されていた街中を暴れまわっている謎の生物。否、謎というかただの蛸だけども。
なんで未知の宇宙生物が地球に居るかと問われれば、馬鹿の代名詞たる央国星王子が拉致ったからだ。
というか、連れ帰るなら自分の星にしてくれ。何で地球?そもそも、牽引の時点で懐いているとは言わない。
秘境の星で「発見」した「未確認生物」を船で「牽引」して「拉致」した。このバカ皇子、犯罪を犯し過ぎだろ。

あまつさえペスの好物は猫である。猫が好物だからネコも好き。いやいや、それ、名称であって猫じゃない。
それにしてもこれまで餌はどうしていたのだろうか。これで本当に猫を餌にしてたなら血祭りにあげてくれる。
さっきからペスの視線が痛い。熱い視線を向けられても正直とても困る。そんなに美味しそうに見えますか。
あくまで名称がネコなわけであって猫ではないんだよ。餌ではないんだよ。と、心の中でこっそり呟いてみる。

が、


でも、やっぱり未確認生物にそんなことは伝わらないだろうなと思いました。

・・・・あれ?作文??



「もしかせんくてもやばかったり・・・?」 「言ってる場合か!!」

ベスの棍棒の様な腕が振り下ろされる瞬間、完全に現実逃避に走ろうとしていた。だって嫌だもん餌なんて。
が、振り下ろされる前に隣に居た銀時がを小脇に抱えて飛んだ。ご丁寧に突っ込みも忘れてはいない。
そして安全な草むらに下ろされる。新八の方もどうにか避けたようだ。あと、ハタ皇子達も無事だったらしい。

「オメーは此処で待ってろ。今日の晩飯はタコの刺身だ・・・・・・いや、タコ焼きが良いか?」

無事であることを確認した銀時が改めてペスに向き直る。そしてお得意の軽口を叩きながら木刀を構えた。
銀時からすれば軽い冗談に過ぎないだろう。が、どうしてもその言葉に笑って冗談を返す気になれなかった。

あくまで憶測に過ぎない。

ただ、そうであって欲しいと願っているだけで、勝手な願望に過ぎない。所詮は異種族で言葉を交わせない。
ペスの気持ちを察する術を持たず、相手もまた伝える術を持たない。そもそも、伝えたい事があるかどうか。

だけど、


「いただきまー「させるかァァ!!」」
「いだだだだ!!脳ミソ出てない?コレ」
「手ェ出しちゃダメだ。無傷で捕まえろって皇子に言われてんだ!!」

ペスと向かい合って一気に距離を縮めようとした銀時。が、その足元には予め長谷川が足を準備していた。
当然ながら気付く筈も無くそれに躓いて銀時は頭から地面に突っ込んだ。音で察するにかなり痛いだろう。


(・・・・・やっぱり)

ペスに目を向ける

先程から攻撃の意思がある割にはタイミングが散漫過ぎる。今もそうだが、幾度かタイミングがあった筈だ。
にも関わらず、ペスは一向にし掛けて来ない。それはただの気紛れかも知れない。だけども気に掛かった。

何となく淡い期待を抱いてしまったんだ。こんな風に妙に攻撃的になる時は人間、動物と限らずあるだろう。
あそこでそんな動物達を今まで幾度も相手にして来た。だから何となく分かる様な気がした。ペスの気持ち。

それは――


「「うわァァァァ」」

二方向から悲鳴が響き渡った。片方は新八の方から、もう一方は皇子を庇う鮎川とハタ皇子の方向からだ。
あまりの間の悪さに内心舌打ちしてしまう。こうやって騒ぎ立てるから興奮するのだろうに。ペスを煽るだけ。
危険が伴うだろう事は理解していた。が、このままだと流石に拙いだろう。は反射的に掛け出していた。

「新ぱ・・・っ!?」

先程、草むらに残してきた筈のが何故あの場所に居るのだろう。新八を案じる声は、驚愕に変わった。
能力を使えないは完全に無防備だ。にも関わらず、予想外の行動に出た相棒の動きに動きが止まる。


パァンッ

身体が宙を舞った

ハタ皇子達とペスの間に割って入ったをペスの棍棒の様な腕が薙ぎ払った。景色が急速に流れていく。
丸太を使って吹きとばされた様な感覚だ。そのまま緩急が付く間もなく大木に叩き付けられた。背中が熱い。


「・・・いったぁ」

痛いというより熱い。否、熱いけど痛い。この痛みをどう表現して良いのか悩むが兎も角、痛いのは確かだ。
我ながら馬鹿な行動をしたものだ。銀時達を庇うならまだしもハタ皇子を庇って木に叩きつけられるなんて。
これは痛い。本気で痛い。何とか意識を保とうと試みるがどうしても視界が揺らぐ。意識が定まってくれない。

「「(ちゃん)っ!!」」

名前を呼ばれた。たぶん、銀時と新八なのだろうけど、その声さえも濁って聞こえる。上手く聞き取れない。
霞む視界の片隅で何となくベスと目が合った様な気がした。その無機質な目にふんわりと笑みを浮かべる。


そして 敢え無くフェイドアウト



銀時達を止めないといけない。ハタ皇子ではないがペスを傷付けたら駄目だ。あの目を見た瞬間、思った。
だってペスは誰かを傷付けたいわけではない。ただ、混乱しているだけだ。いきなり拉致されたら当たり前。

言ってしまえば、仕方の無いこと。

こんな風に言うとペスに対して失礼かも知れないが、ペスのこの境遇は自分とまるっきり一緒なのだと思う。
気付いたら知らない場所で、何も分からない状態。普通に考えれば耐えられるわけがない。耐えられない。
混乱も度が過ぎれば苛立ちに変わる。だって、生きているから。生きて、感情だってちゃんと存在するんだ。
幾ら言葉を持たない生き物だって理解する能力は持っている。落ち着く事が出来れば暴走だってしない筈。

あくまで仮定に過ぎない。

でも、あの目は。鈍い光を宿したあの()は一緒だと思った。お登勢に出会う以前の自分と同じ目をしている。
言葉にしない。態度にも出さない。だけど全身で「怖い」「寂しい」「不安」だって叫んでいる。そんな気がした。
自分の居場所が無くて知らないものばかり。そこに立っていても本当に立てているのかさえはっきりしない。
覚束なくて不安定な感覚。その不安定な感覚がだんだんと自身の存在さえも蝕んでいく。出口が見えない。


それは――深淵の闇に似ている。





"たった一人の人間と一国・・・どっちが大事か考えろ!!"

"俺はてめーのからだが滅ぶまで背筋伸ばして生きてくだけよ!!"

"・・・愚かな"

"ところでちゃんは!?"

"余のかわいいベスが・・・"



大き過ぎるタコは固くて美味しくないと思うんだ

[2012年1月10日 修正]