『たとえ剣を捨てる時が来ても 魂におさめた真っ直ぐな剣だけはなくすな』

父の最期の言葉が 脳裏を離れない



「・・・ずるいわよ」

妙は小さく溜息を漏らした。そんな風に言われたら、そんな目で見つめられたら断われる筈ないじゃないか。
そして降参ポーズで「負けたわ」と、続ける。その言葉には期待を孕んだ目を妙に向けて続きを待った。

「それはつまり・・・?」

焦らされるのはあまり好きではない。続きを待ちかねて急かす様に促した。妙は困った様に肩を竦めて笑う。
さん。貴女のこと、私たちは歓迎するわ」。と、口にする。途端にの表情が歓喜に染まった。
まるで子供のようにコロコロと表情を変えるに自然と笑みが浮かんだ。「ありがとう」と、少し弾んだ声。



『護られたくないから』

――そう言った彼女は確かに笑っていた。

誰に、とは聞けなかった。おそらくそれは愚問。妙は視線を彼女の背後で警官相手に喚く男に目を向ける。
まったくダメでムチャクチャな銀髪天然パーマネント、規格外な侍。やること成す事、本当に規格外である。
盗んだパトカーで船に特攻するわ、天人に喧嘩を吹っ掛けるわ、船の動力炉を破壊するわで、ありえない。

なのに、憎めない(ひと)

無気力、糖尿病(寸前)、目が死んでる――と、マダオ(まるっきりダメな男)要素の集大成みたいな男だろうに、どうしてなのか。
自然と惹きつけられる。その存在が偉大だからだとか、そのような大それた理由では無い。むしろ勿体無い。
ただ、何となく信じてみようかなという気にさせる。居ると、こいつならやってくれる、みたいな気になるのだ。
信用というよりも好奇心に近いかも知れない。次にこの男は何を仕出かしてくれるだろうか、という好奇心。



「・・・姉上、俺・・・「行きなさい」」

決意を固めた新八が口を開こうとした。が、流石は姉というべきか新八の言おうとしたことを分かっていた。
言葉を重ねる。静かな、それでいて背中を押す強い一言。新八は弾かれた様に顔を上げて妙を見遣った。

「あの人は、あの人たちの中に何か見つけたんでしょ、行って見つけてくるといいわ。貴方の剣を」

そう言って柔らかく微笑む妙の姿は凛として綺麗だと思った。純粋に弟を想ってのその言葉に胸が熱くなる。
あの人になら預けても良いと思った。まだ若く、道を模索し続けるたった一人の大切な弟を任せられる、と。
「姉上」。自然と新八の口が妙を呼ぶ。フッと笑って妙は言った。「私は私のやり方で探すわ」。自身の剣を。
父が遺した恒道館を護りながら、自分の足取りでゆっくり。新八はほんの少し気兼ねする表情を浮かべた。

「もう無茶はしないから・・・私だって新ちゃんの泣き顔は見たくないもの」

そう言いながら沈み始めた夕陽を見送る。生まれた時からずっと傍に居た肉親だから色んな顔を知ってる。
それでも泣き顔だけは何度見ても慣れない。たとえそれが自分の為に溢したものであったとしても嫌なのだ。

――笑っていて欲しい、世界でたった一人の肉親(おとうと)



「・・・・・」

妙と新八の遣り取りを遠巻きに眺めながらは小さく笑みを浮かべる。そして思う。兄弟とは良いものだ。
自分にも姉がいるからよく分かる。生まれて間もない子が知る両親以外の最初の他人。切っても離せない。
いつか離れる日が来る事を知りながらそれでも大切に思う。ただ笑って欲しい、幸せになって欲しいと思う。

何を引き換えにしてもいい、その人が笑っていてくれるならそれだけで構わない、泣き顔なんて見たくない。
その為に自分は何が出来るのだろうか、考えてみても微塵も答えなんて出てこない。『まもる』ことは難しい。
弱い自分に護るなんてことは出来ない。だけど護られる存在では居たくない。そんな自分は許せないから。
護ってもらう代わりに相手が傷付くなんてそんな胸糞の悪いこと絶対にお断りだ。それなら無謀だっていい。

――盾になるくらいが丁度いい。


「んでちゃんよぉ・・・首尾はどーよ?」 「ちょっ・・・銀さん!苦しいんやけど?」

不意に首に腕が回され、軽く締め上げられそうになる。それなりに容赦ない絞めっぷりに思わずもがいた。
ささやかな抵抗とばかりにその腕をペシペシ叩きながら口を開く。が、銀時はまるで素知らぬ顔をしている。
そして、律義に事の顛末を聞いて来る銀時に「勿論。上々ですぜ、旦那」とは悪戯っぽく笑って答える。

「誰が旦那だ馬鹿娘!ったく、勝手に決めやがって・・・」 「ええやろ?別に銀さんに迷惑かけてへんにゃし」

不意に溜息を漏らしたかと思えば、呆れたように頭をしばかれた。続くその言葉と理不尽さに文句を垂れる。
まるで子供の様なその反応と見事な開き直りっぷりに銀時はくしゃりと彼女の髪を掻き撫でた。勝手な娘だ。
勝手に話を進めて剣道場の門弟になる話を決めて来るなんて。挙句に可愛げもなければ反省の色も無い。

「ちょっ・・・髪が乱れるやろ!?」と、まるで容赦なくわしわしと掻き撫でる掌を払いのけながらが言った。
さっきから子供や犬じゃあるまいしいったい何だ。機嫌を損ねたの顔はまるで膨らんだフグの様である。
それを見て思わず声を噛み殺しながら笑った。反応そのものが子供だ。そこが銀時の加虐心に火を点ける。


子供(ガキ)みてーな反応してんじゃないよ。抱っこしちまうぞコノヤロー」 「セクハラで訴えんぞコノヤロー」

更に面白くなった銀時がの脇に手を入れ抱き上げようとする。が、もさせるかとばかりに抵抗する。
言葉の応酬もだが、まるで仔犬のじゃれ合いの様な遣り取り。人に近付け表現するなら兄妹のじゃれ合い。

「お二人はどういうご関係なんですか?」

やってきた新八が疑問をそのまま尋ねる。当初から気になっていたが、この二人はどういう関係なのだろう。
見た限り兄妹に見えないが、どことなく似た雰囲気を纏ってないことも無い。親しい間柄であるのは分かる。
かと言って、恋人同士のような甘さを含む関係にも見えない。というか、そこは違うと断固として言い切れる。



「兄と妹・・・だな」
「そうですか・・・って、んなワケないでしょぉがぁぁっ!!ナめてんですかっ?!」
「おおノリツッコミ!・・・まあ、どう見ても髪色も目の色もちゃうし、兄妹はムリあるやろ」

銀時がさらりと軽い冗談を言ってのける。その言葉を一度は肯定したかと思いきや、全力で突っ込む新八。
ノリツッコミまでこなすとは流石。新たに増えたツッコミ担当の存在にはほくそ笑む。これでボケられる。

「それで・・・本当にお二人はどういう関係なんですか?」

はぐらかされてるのか?と思うくらいに回答が無い。後ろからが「万事屋の相方やで」と、話してくれた。
年頃の男女でありながらこの関係は見方によっては異常とも取れるかも知れない。が、相方なら納得いく。
兄妹さながら、もしくは、恋人さながら。否、恋人と呼ぶにはあまりにも甘い雰囲気が欠落している気がする。
それにこの二人の間にそのような繋がりもやましい関係も在り得ない気がする。似合わない、というべきか。

相方――というのが一番しっくりくる。


「ちょっと事情があって、私は江戸に出て来たんやけど・・・その時に拾ってもろてお世話になってんねん。
んで、まあいろいろと紆余曲折があって今現在こうして一緒に行動してるんよ」

銀時の腕を払いのけたがそう説明する。随分と簡略化した説明の気もしたが簡単にいえばそうらしい。
納得しかけたが不意に「え!じゃあおふたりは今、同棲されてるんですか!?」と、驚いた目を向ける新八。
流石に年頃の男女が同棲とは如何なものか。信頼関係があれども男女の仲は脆い硝子細工のようなもの。


――何が起こるか分からない。


「同棲って・・・せめて共同生活にしてーや。私だって相手くらいは選ぶって」

と、肩を竦めながらけらけらとが笑う。その目は「これ?むりむり、ありえん」と、ばかりに否定している。
確かにマダオの集大成のような男にしっかり者のが惚れるとは到底思えない。むしろそんなの悪夢だ。

「おまえね・・・銀さんバカにすんじゃねぇよ「糖尿病寸前やん」」

その言葉の、態度の失礼さ加減に銀時が後ろからの頭を小突いた。「アイタ」と、冗談めいた声が響く。
そして名誉挽回の為に口を開いたが、頭を擦りながら言ったの言葉にざっくりと痛いところを突かれた。


「寸前だから!まだなってないからっ!!」
「いや、似たようなもんやろ?やめてや〜?生活費どころか医療費までかさんだら洒落にならへんで」
「って、・・・おまっ、それ扶養者に言うセリフ!?」
「どっちが扶養者か分かったもんちゃうやろ。今のところ、私は家賃滞納してへんもーん」
「テメー・・・表出ろ!表!!」
「いや。っていうか、ここ表ですよー?銀時くーん」
「よし分かった、歯ぁ食いしばれ」
「あらやだ、おまわりさーん!ここに婦女暴行を加えようとしてる人がいますぅー!」
「ちょっとちゃん誤解招く発言やめてくれるぅぅぅううう!?」

なんということでしょう。テンポの良い会話。むしろこれはもうコントの域に思う。新八はにが笑いを浮かべた。
銀時の屁理屈もだが、の屁理屈も負けていない。そんな二人の屁理屈が重なると終わりが見えない。


「は、はぁ・・・・確かに相手がさんなら大丈夫そうですね・・・」

繰り広げられるコントに唖然とするが、我に返り新八は苦笑交じりに呟いた。確かにこれなら大丈夫そうだ。
そもそも何が大丈夫なのかという話だが。何かもう大丈夫とかそういう次元じゃない気がしてきたこの人達。
新八の言葉に思い立ったように不意にが銀時の横を擦り抜けて新八の傍に近付いた。覗き込まれる。

「あ、そうや!志村さん。これからは苗字じゃなくて名前で呼んでーや。私、堅いの苦手なんよ」

と、そう言ってはへらりとした笑みを浮かべた。新八の知る限り、その性格は人懐っこくて自由奔放だ。
その言葉に新八はハッとする。確かにこれからは門下生となるのに他人行儀な呼び方というのもやり辛い。
「え?あっ・・・じゃあ、僕のことも新八でいいですよ。ちゃんって呼ばせてもらうね」と、慌てて口にする。

出会ってもうすぐ1年が経とうとしているのに、呼び捨てはおろか苗字に「さん」付けだなんて余所余所しい。
には、彼女が新人としてアルバイトに入った当初からずっとお世話になっていたというのに衝撃だった。
そして万事屋で働く事になった今、必然的に彼女は同僚ということになる。あ、別に今までと変わらないか。

というか、これは案外――けっこう縁があるのかも知れない。


「うん。よろしくな、新八君」

は新八を呼び捨てにする事無く「君」を付けて呼んだ。初めて彼女に呼ばれた名前は擽ったく思えた。
へらりとした人懐っこい笑みを浮かべる。それを見て顔に熱が籠った気がするが、きっとそれは気の所為だ。
いずれにせよ、彼女と此処で縁が切れてしまわなくて良かったと本当に思う。あの言葉に背を押して貰った。

『・・・追いかけたら?大事なんやろ。追いかけたらええやん、まだ届くんやから』

情けなくも涙ぐんでいた新八の背中をどやしながら、笑い飛ばす様にはそう言った。有り難かったんだ。
あの時、立ち上がる事ができたのは背中をどやされたこともある。躊躇っていたのを前に押し出されたから。



父上―――

あの男の魂が如何なるものなのかは未だ分かりません。
不明瞭で分かり難く、鈍くて、しかし、確かに光っているように思えるのです。

そして、

あの男と行動を共にしている女子。
彼女の内にも何かが光っているように思えるのです。
光と呼ぶにはあまりに脆い――まるで吹けば消えてしまいそうなか弱い輝き。

されども消えない光。


今しばらく――その傍らでそれらの光を眺めてみようと思います。


大人げないふたり

[2013年1月10日 修正]