「ちょっと・・・ちゃーんっ?!脱出ポッド探してたんじゃないのぉっ!?」
「いやぁ・・・さっき新八君に突撃された拍子に勘が狂っちゃったらしくて〜」
「え?何それ?何なの!?猫がヒゲ切られて方向感覚が狂うのと同じ法則?!」
「・・・っていうか、私、別にポッドがココやとか言ってへんし。勝手に勘違いしたんそっちやん」
「開き直んじゃねぇぇえええ!!!!」

明らかに行き止まりである動力室内でと銀時の言い合う声が響き渡る。主に絶叫してるのは銀時だが。
に至ってはこれでもかという程、冷静に返している。何れにしてもまるで焦っている様子が見られない。


「いきどまりや、追いかけっこはしまいやでェ」

カチャッとセーフティーを外したその音には反射的に愛銃に手を伸ばし掛けた。ほぼ条件反射に等しい。
ドアに目を向けると借金取りの天人とそのファミリー部下が武器を手に立ちはだかっていた。逃げ道は無い。

「・・・・」

数と武器を見る限り、銃で応戦するよりも能力を使った方が確実。は密かに指で三角形を作り構える。
が、その手を押えたのは銀時。何のつもりだと目を向けた。銀時はこちらを見ておらず、前を見据えている。

――つまり、能力(ちから)は使うなと言うことらしい。

そもそも銀時はの異質な能力をあまり快く思っていない。だから普段から多用するなと言われていた。
も好んで使おうと思わない。人の身に余る力を奮うことはつまり自ら人とは違うと宣言するようなもの。
だが必要な時は能力の使用を躊躇わない。それで自分が嫌な気持ちになるくらいなら躊躇ったりはしない。


「哀れやのぉ〜」
「え?あんたの頭が?」
「誰が哀れな頭やボケェ!仕舞いに殺すぞこのアマ!!」
「出来るもんならやってみーや、卑猥物。大体、図星やからってキレんといてよ」

「・・・・・まあつまりアレや。お前らに護れるもんなんてあらへんでぇ」

先程から台詞を潰されているだけでなく、一言放てば倍の精神ダメージを与えられている借金取りの天人。
容赦無いの言葉に泣きたくなるのをグッと堪え、咳払い一つ何事も無かったかのように言葉を紡いだ。


(((え、逃げた?最終的に逃げたよね?今!?)))

哀れと思う反面 思わずに居られない

そもそも口喧嘩でに挑もうと思うこと自体が無謀だ。屁理屈と減らず口はお手のもの。さらには口達者。
手も早いけれども口の方がもっと早い。それより足の方が早いのが自慢のに。同情すら覚えてしまう。


「この国も空も・・・わいら天人のもんやさかい」

まるで開き直ったように借金取りの天人は声高にそう語った。が、その内容に思わず鼻で笑いそうになった。
突っ込みすらしなかったのは、それさえ馬鹿げているように思うから。それにが言わずとも銀時が言う。

――自分より余程、説得力がある。


「国だ空だァ?くれてやるよんなもん・・・こちとら目の前のもん護るのに手一杯だ」

銀時の声が動力室内に響き渡った。その言葉に含まれている微かな哀寂の色に気付き胸が軋む気がした。
"まもる"ことは難しい。一つ護るだけで、とんでもない困難があり、割に合わないくらいに苦労を強いられる。
終いには馬鹿らしく思えて来るような不条理ばかり。失くした時の喪失感は言葉に出来ない。割に合わない。

「それでさえ護り切れずによォ・・・今まで幾つ取り零して来たか知れねェ」

その言葉に圧倒されて誰も口を開けない。何となく居た堪れなくて思わず目を伏せた。何を経験してきたか。
その瞳の奥に何を秘めているのかなんて知らない。相棒と言えどもその全てを知っているわけではないから。
物語の中での銀時の背景は理解しているつもりだが、自分はまだ坂田銀時という人間を何も知らないのだ。

は弱音が嫌いだ。弱音を吐いたところで何も生まれない。更なる負の感情が生まれるばかりで無意味。
吐き出すことで何か変わるという人もいる。それを否定する気は無いが、にはまるで理解し難いことだ。
普段ならこんな発言聞きたくないと思う。が、彼は闇を知ってる。それをわざわざ皮肉る事は出来なかった。


「俺にはもうなんにもねーがよォ・・・目の前で落ちるものがあるなら拾ってやりてぇのさ」

銀時のその言葉に何も言えなかった。まるで喉に声が貼り付いたかの様に言葉が上手く出て来てくれない。
ただ、そんな言い方しないで欲しいと思った。何も無いなんて言わないで欲しい。虚しい言葉を聞きたくない。


誰しも皆、何か抱えている。抱えているものは異なるし、同じなんてことは早々ない。だが抱えてる点は同じ。
過去に負った痛みがどんなものかだなんて分からない。否、仮に知っていたとしても何も出来ないのだろう。

彼はいつも一人で背負おうとする。

今だって"相棒"なんて名ばかりでいつも銀時に護られているし、支えられてばかり。自分は無力な存在だ。
能力があると言っても、それを制限されてしまったら足を引っ張るだけの存在にしかならない。邪魔な存在。
相棒なら少しくらい持たせてくれてもいいのに。ずっと言いたかった。言葉にしないで解かれなんて傲慢だ。

勝手だと分かってる――でも、彼の口から『もうなにもない』なんて聞きたくない。


「しみったれた武士道やの「アンタにしみったれたとか言われたくないやろ。顔がシケってるくせに」」

借金取りの天人の皮肉る言葉を遮り、更に皮肉り返す。言い返そうとした男が視線を上げた。ら、驚愕する。
直ぐ目の前までが詰めていた。反射的に引き金を引こうとした天人に口角を持ち上げてニッと笑った。

乾いた音が響いた。「さん!!」。新八の焦った声が響き渡るが、銃声の後もは平然と佇んでいる。
銃口を向けた天人の手を横に払い照準を外したのだ。放たれた銃弾は船の壁に穴を開ける。同時に警報。
茫然とする男の背後に回って腕を捻り上げて銃を奪う。当惑する男達を尻目に銃口を向け動きを牽制する。


「客の大事なもんは俺の大事なもんでもある・・・それを護るためなら俺ァなんでもやるぜ!!」

銀時の邪魔はさせない。見た目にそぐわないの素早い動きに誰もが目を見張る中、銀時が小さく笑う。
そして動力炉に木刀を振り下ろした。乱暴な手段だがこれで脱出ポッドが無くとも地上に戻ることが出来る。


ズゴンッ

鈍い音が響き渡る

刹那、浮遊感が船全体を襲った。動力炉が破壊されたことによって船が自力で浮遊する力を失ったからだ。
けたたましい警報機の音と浮遊感が乗船客を襲う。借金取りの天人の悲鳴も聞こえた気がするが無視だ。


「銀さん・・・ひとつ聞いていいかい?」 「うっぷ・・・何、この浮遊感、吐きそう」

落下速度が徐々に増していく中、は溜息を漏らしながら銀時に声を掛けた。が、まるで聞いちゃいない。
浮遊感による吐き気と格闘中で完全に目が余所を向いている。(この人ほんま考え無しやなぁ・・・)苦笑する。

その癖に問題事だけはしっかりと起こしてくれるのだから世話が焼けるというか、ほっとけないというべきか。
後ろで志村姉弟の「落ちてんの?コレ、落ちてんの!?」という悲鳴に近い声が聞こえる。言うまでも無い。

明らかに落ちているだろう――コレは。


「あぁもう良いや。銀さん、妙さんは何とかするし、新八君のことお願いな?」

明らかに吐きそうな銀時を見ていると質問するのもアホらしく思える。事後承認になるがまあ事情が事情だ。
溜息混じりにそういえば、うっぷ、と、吐きそうなのを堪えながら銀時がこちらに視線を向けた。顔面蒼白だ。

「おまっ・・・うっぷ・・・それ・・・っ・・・おえっ・・・・どういうことだよ・・・?」

そんなに浮遊感が嫌いなら後の事を考えて行動しろと少し思ってしまう。顔面蒼白な銀時に苦笑が漏れる。
流石にこの状況でそれを突き付ける程、ドSでは無いつもりだ。ひらひらと手を振って意識があるのか確認。

「妙さんあの格好やと泳げへんやろ?依頼主の大事なものは私の大事なもの!・・・ってね」

「お仕事お仕事!」と、冗談交じりに笑った。銀時が船酔いに苛まれながらこちらを物言いたげに見遣った。
が、敢えてそれに気付かないフリをして、指先で四方形を形作る。鼻歌交じりの作業。だが意識を集中する。

距離が近ければ全員回収も可能だが何分距離があった。6枚が限界枚数である以上、優先するべきは妙。
服装からして一番泳ぎ難いだろう。他の男連中はアレだ。自力でどうにかして貰おう。きっと何とかなる筈だ。
イメージが一定したところで四方形を崩さないように指を少しスライドさせる。平面から立体へと変化させた。

そして――


ボッチャーン

妙を除き 海に落ちた

先程までのアレは何だったんだと言いたくなる程、それはもう見事な勢いを付加して海に一直線に落下した。
妙だけは立方体の何かに包まれてフヨフヨと空中を漂いながら港に運ばれる。地面に足を付けると消えた。


「おまえなぁっ!出来るなら最初からそれ使えよっ!!何これ?銀さん濡れる意味あった?!」
「ケホッケホッ・・・ちょっ・・・これ海水鼻に入ったんですけど・・・・・」
「いやぁ・・・最優先は依頼主の大事なものかと・・・てか、酔いも冷めたみたいやし良かったやん」
「そういう問題じゃねーだろっ!冷めるどころかずぶ濡れになったわっ!!」
「ちょっ・・・寄らんといてよ!濡れるやんか」
「おまえも既にびしょ濡れだろーがっ!!!」

それから間もなく盛大な音と共に濡れ鼠になりながら港に辿り着いた、というか漂着したと銀時と新八。
水面から上がって早々元気なもので銀時との言い合う声が響く。遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。


「あんなムチャクチャな侍初めてみたわ・・・でも、結局助けられちゃったわね。・・・貴女にも」
です。お妙さん。銀さんは自分の武士道(ルール)だけは護る人やから・・・あぁ見えて細かいんよ、結構」

無茶苦茶としか言い様のない銀時の言動の数々を思い返して妙は何とも言い難い表情で溜息を漏らした。
話すのはこれが初めてというわけではないがこうして親しげに話すことが出来たのは初めてかも知れない。
手渡されたタオルを受け取り濡れた身体から水分を拭き取りつつ、言葉を返した。何となく磯臭い気がした。


「あの人に助けられたのも確かだけど・・・最後のアレ、ちゃんよね?」
「何のことですか?」
「誤魔化しても駄目よ。何となくちゃんに似たものを感じたもの・・・温かったわ」
「褒めても何も出ませんよ〜?」
「そんなんじゃないわ。ただ、お礼がしたくて・・・」

少し離れたところから聞こえる銀時とおまわりさんの言い合う声を耳に入れながら会話を続ける。妙の言葉。
それに対して曖昧に濁そうとは笑って誤魔化すが妙は誤魔化されてはくれなかった。肩を竦めて笑う。

「じゃあさ・・・わがまま一つだけ聞いてもらうってのはアリ?」

ふと考え込んだ仕草を見せたが不意に悪戯染みた笑みを浮かべて妙を見遣った。好機かも知れない。
「え?えぇ・・私に出来ることなら何でも聞くけど・・・・・お金は出せないわよ?」「や、そうじゃなくて門弟の件」。
流石に借金背負っている家から金を巻き上げようとする程、非道では無い。その言葉をやんわり否定する。

そして頭を下げた。それに対し妙が一瞬うろたえたのが気配で分かった。が、お願いする立場なら当然だ。
「え!?」と言う、当惑を含んだ妙の呟きと同時にこちらにやって来た新八も耳にしたのか目を丸くしている。
分からない。どうしてがそうまで門弟になる事に拘っているのか。こんな古びた剣道場で何を学ぶのか。


「嬉しいお話だけど・・・ちゃんなら別にうちじゃなくても・・・」 「そうだよ!何でこんな廃れた道場に・・・?」

門弟が居れば道場復興に一歩近づく。だから嫌というわけではない。が、無暗に受け入れる事もできない。
その真意が知りたくて妙と新八は困惑がちにに目を向けた。その視線を受けて肩を竦めてが笑う。
はにかんだ様などこか頼りなさを孕んだ笑み。それを口にするのを躊躇ったのか、一瞬だけ視線が泳いだ。



「・・・護られたくないから」


身体が何だか磯臭い

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