こんな道場護ったっていい事なんてなにもない。
苦しいだけ・・・・・・でもねェ私・・・捨てるのも苦しいの。
もう取り戻せないものというのは持ってるのも捨てるのも苦しいの。
どうせどっちも苦しいのなら私はそれを護るために苦しみたいの。
「・・・・・」
遠ざかって行く車の音。残されたのは重苦しい沈黙だった。妙は借金取りの天人に付いて行くことを選んだ。
ただ呆然と立ち尽くす新八を尻目に銀時が動き始めた。縁側に出て柱に凭れて腰掛けて成り行きを見守る。
(もう取り戻せないもの・・・ね)
妙の言葉が脳裏を過る
持っていることも捨てることも苦しい。どちらを選んでも苦しいのならば護るために苦しみたいだなんて凄い。
妙さんは強い女性だと思う。そんな風な答、自分には出せない。きっと、苦しみから逃れたくて捨ててしまう。
「・・・傷付くと分かってても護りたい、かぁ・・・ご立派やなぁ」
集中することで苛立ちを振り払おうとしているのか、ひたすら素振りに打ち込む新八を見遣りながら呟いた。
勝手にケーキを作り始めている銀時に視線を向ける。どうやらクリームの抽出まで進んだらしい。もう一息。
口にした言葉は端から聞けば中傷にも聞こえる。愚かしく不毛な選択だ、と。同時に尊敬の念を含んだ響き。
少なくとも自分には傷付くと分かっていて護ろうなんて思えない。護るなんて弱い人間に到底出来ないから。
傷付くなんて御免。弱いと言われても良い。自分は弱者だ。弱者はただ奪われていく事に耐えるしかない。
持っているのも捨てることも苦しいのなら、選ばない。自分を誤魔化し見ないフリする。そしたら傷付かない。
「俺にはとてもお前が器用になんて見えねーけどな」
義理人情なんて邪魔になるなら要らない。綺麗事だけ並べて生きていくなんて御免だ。もっと自由に生きる。
新八の吐き出した言葉に銀時が髪を掻きながら言った。言葉と裏腹に拳を握り締めて涙を堪える新八の姿。
彼には信念がある。誰にも譲れない16年間で培われた信念が。しかし今の時世だとそれは捨てざる得ない。
だからどうしてもその矛盾に苦しまされる。どうしてこんなにも不器用な生き物が生まれてしまうのだろうか。
護りたいものがそこにあるにも関わらず意地がそれを妨げる。選びたい道はちゃんとそこに在ると言うのに。
時世がそれを許さない。バカみたいな意地と理屈抜きにした気持ちが交錯して身動きが取れなくなっていく。
そうして――大事なものが遠のいていく。
「・・・追いかけたら?大事なんやろ。追いかけたらええやんか、まだ届くんやから」
涙ぐんで項垂れる新八の背を軽くどやしながら言う。「さ"ん"っ"」。泣いたせいかその声が濁っていた。
「志村さん泣き過ぎやわ」と、よしよしとその頭を撫でる。16歳と言ってもからしてみたらまだまだ子供だ。
「あ、鼻水は付けんといてや?」と、今にも抱き付きかねない新八を前置きで牽制する。鼻水塗れは御免だ。
「侍が動くのに理屈なんていらねーさ・・・そこに護りてェものがあるなら剣を抜きゃあいい」
銀時の言葉に新八が遂に顔を上げた。涙と鼻水に塗れたぐしゃぐしゃの顔。だがその目に強い光が宿った。
既に新八の中で決まっている筈だ。なら迷う必要は無い。後悔するくらいならやってから後悔した方が良い。
(あーらまぁ・・・いっちょまえの顔しちゃって)
それを見て思う
大事な人が居ると途端に強くなる。先程まで泣いていたのと同一人物には見えない覚悟を持った男の表情。
しかしそれで良い気がする。何かを大事に思うのに理屈は要らないしましてやプライドなんてもっと不必要。
――大切なら護ったら良い。
失くさぬ様に、手放してしまわぬ様に。掌から零れ落ちていくあの喪失感は心さえも蝕んでいくものだから。
だから護りたい。心を失くさない様に、大事なものを見失わない様に。ずっと、この手に留まり続けるように。
「姉ちゃんは好きか?」
銀時が問い掛ける。その答えは言うまでも無いだろう。新八は涙を拭って立ち上がる。そして力強く頷いた。
培ったものは簡単に捨てられない。たとえ不器用だ甘いだのと言われようとも新八はそれを捨てられない。
「・・・銀さん・・・ちょっと無茶し過ぎやろ・・・」
ケホッと僅かに咳き込みながらは差し出された手を掴んで立ち上がった。埃が器官に入って息苦しい。
「ワリワリー」なんて軽い口調で返されるが、はたして本当にそう思っているのかどうか心底怪しい気がする。
奪った拝借したパトカーで船に特攻するなんて常識はずれも甚だしい。そも常識を問う方が間違いなのか。
初めスクーターで3人乗りで特攻しようとしていたが、それは流石に無理がある。というか、検挙されかけた。
要するに巡回中のパトカーを借りた。まあ有事だったということで勘弁して欲しいがそうもいかないのだろう。
「どーも。万事屋でーす」
「姉上ェ!まだパンツはいてますか!!」
「えっと・・・いちおう、恒道館の門弟としてお妙さんのお迎えにあがりました?」
体制を整えたところで銀時が言った。それに続き新八の無事を問う。主にノーパンか否かという点について。
出遅れたに台詞は残っておらずそれでも無理に言おうとしたせいか何やらグテグテな感じが否めない。
というか、三人とも妙を助けに来たという点では一致している筈だろうに発言が全く以って合致していない。
「いや、聞いちゃダメだろ」 「いやぁ・・・だって、まだ正式になったわけちゃうやん?」
特に締まりの悪かったの台詞に銀時が突っ込む。が、返ってきたのはへらりと笑うの尤もな言葉。
妙に息が合ってる辺り流石万事屋のコンビと言えるが話の主格にはどうにも見えないのは否定出来ない。
「おのれら何さらしてくれとんじゃー!」
借金取りの天人は船を破壊されたのもあり激昂し怒鳴った。キーンと耳を劈く声には思わず指栓する。
その横でキャバ嬢というか花魁っぽい格好をした妙が驚いた顔をして新八の名を呟く。来ると思わなかった。
あんな微妙な別れ方をした直後だったから、愛想を尽かされたとでも思ったのだろうか。とんだお門違いだ。
どんな別れ方も家族には関係ない。無条件で大切であり安心出来る。傍に居たいと思っても許される場所。
渡り鳥は止まり木が無ければ決して生きられない。羽根を休める場所が必要だ。止まり木が家族だと思う。
帰る巣、はたまた、羽根を休める止まり木。それがどれに属しているのか判断は付かないが、必要な場所。
大切な存在。好きだと思う以上、それ以外に理由は必要ない。大切だから傷付かないで欲しい。護りたい。
「姉上がいつも笑ってる道場が好きなんだ。姉上の泣き顔を見るくらいならあんな道場いらない!」
借金取りの天人の声が耳に届かない程、新八の言葉が真摯に響いた。迷いなど一切ない真っ直ぐな言葉。
それは聞いている側が心地良くなる。直向きさがほんの少し羨ましく思えた。大切だと言い切れる純粋さが。
「オイ。俺が引きつけておくからとねーちゃんつれて脱出ポッド探せ。あいつァ見つけ上手だからな」
借金取りの天人と同族の天人がワラワラとやって来る。むしろこいつら家族なんじゃね?と、思ったりもする。
そんな連中と三人の間に立ち塞がって銀時が言い放つ。その背を物言いたげに一瞬、が目を向けた。
「アンタは!?」 「てめーは姉ちゃん護ることだけを考えてろや。俺は俺の守りてぇものを護る」
大人数に囲まれて居ながらも怯む事無く凛然と佇む銀時に新八が慌てふためきながら尋ねた。フッと笑う。
放たれた言葉に銀時が妙に頼もしく見えた。不意に借金取りの天人が銀時に銃口を向けた。胸がざわつく。
「・・・・・」
ここでが動くのは違反だ。が、カッと激情に似たものが全身を走り抜ける感覚を否定する事はできない。
感情が昂ぶりそうになるのをゆっくりと深呼吸することで遣り過ごす。まだ銃弾は放たれてない。大丈夫だ。
(銀さんは死なない)
言い聞かせる
少なくともこの話の中で生死に関わる傷を負わない事は知っている。だから大丈夫と言い聞かす。大丈夫。
銀時は約束を違えたりしないし、だから、も信頼を置いてて、自分が今するべき事に集中出来るのだ。
「・・・あとでな」。振り返った銀時に躊躇うことなくそう告げる。一瞬、視線が重なると銀時がニッと笑い返した。
それにも笑い返す。ほんの少しの不安はある。だからこうやって言葉にすることくらいは許して欲しい。
きっと他の誰かならば言葉にしても躊躇ったかも知れない。が、不思議と銀時の場合はちゃんと安心できた。
「新一ぃぃぃいいいい行けぇぇぇえええ!!」 「新八じゃボケェェッ!!!」
刹那大きく息を吸い込み叫んだ。盛大に名前間違いに間髪入れずに突っ込んだ新八だが同時に走り出す。
次いでも妙の手を引いて走り出す。見事な掛け合いだとは思うが、緊張した空気が一気にぶち壊しだ。
「ちょっ・・・!さん待って!!」
ポッドの場所はおおよそだが見当が付いている為、躊躇う事無く走り出す。慌てたように新八が後を追った。
走りながら脳裏で艦内の図をイメージする。ちょっと、というか、かなり曖昧だが多分こっちで合ってる筈だ。
――たぶん!
ダダダダダッ
艦内の長い廊下を走る
「新ちゃんいいの?あの人・・・無理よ!ひとりであんな大勢!!」
「あぁ、それなら心配ご無用ですよー」
「へぶっ!!」「おわっ?!」
着物姿で走り難い妙の手を取りながら走った。その間、妙は銀時を気遣ってか何度もちらちらと振り返った。
その言葉をもう何度も聞いて流石にうんざりしたのか、不意に先頭を走るが足を止めて言葉を紡いだ。
が、車は急に止まれない宜しく人もまた急には止まれない。案の定、急に止まったに新八が激突する。
「なんであそこまで私たちのこと・・・って、新ちゃん!貴女も大丈夫?」
「あいたたっ・・・酷いよさん、急に止まるなんて・・・。しかも、そんなのわかんないよっ!!」
「・・・酷いよって、それはこっちの台詞やって新八君・・・背後からの突撃は反則やろ・・・・」
尻餅を付き腰を擦ると頭を擦る新八を尻目に妙が呟く。恨みがましい声を発したのは二人同時だった。
果ては「ごめんな」「すみません」と、謝罪の応酬を繰り広げる。この場合は痛み分けということになるだろう。
「イテテ・・・お妙さん、大丈夫やって。銀さんは
まるでダメな男やし目は死んでるけど、約束破らへんから」
新八の手を借り立ち上がったはへらりと笑ってそう言った。相棒を語るにしては少しばかり酷い発言だ。
「ああ見えて頼れるんよ」と、軽い口調で付け足す。本当にそう思っているのだろう。まるで迷いのない声調。
(・・・信じてるのね)それを見て妙は思う。とあの銀髪の侍の間には確かに信頼感が存在するのだ、と。
「あいつは戻って来る!!だってアイツの中にはある気がするんだ!!父上の言っていたあの・・・」
「あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"!!」
「ホントに戻って来た!!キツかったんだ!!思ったよりキツかったんだ!!」
言いかけた新八の言葉を遮って背後から奇声に等しい絶叫が響き接近する。思わず噴き出しそうになった。
足を止めていた3人が弾かれた様に振り返ればそこには陸上走りでこちらにやってくる銀時の姿があった。
「ちょっ・・・しっかりしてくださいよっ!!23行しか持ってないじゃないですかっ!台詞除けば12行ですよ!!」
「馬鹿ヤロー!夢書きにとっての23行は長いんだぞ?!短過ぎても長過ぎてもダメなんだぞ?!」
「いやいや、舞台裏は暴露せんでええから・・・でも、台詞と地の文の配分はムズイよなぁ」
「っていうか、お前も脱出ポッド探すのに時間かかり過ぎだろ!?」
「え〜?いやぁ・・・一身上の都合で・・・」
「何それ?部活辞める理由ですか?行事から逃げる為の言い訳ですか?」
「いや、言い訳やったらもっと上手く言うし」
「じゃあこっちが必死に囮になってる間に何やってたんだオメーは!」
「ぶっちゃけお喋りしてました、てへ」
「オイィィ!!」
4人で仲良く走り出した。銀時も加わって白熱したコントが繰り広げられる。は完全におちょくっている。
不意に声を漏らしたに足が止まった。目の前には個室。直感的にそこだと判断した銀時が飛び込んだ。
が、は困った様に肩を竦めてその後を追った。人の話を最後まで聞かないというか、せっかちというか。
(どいつもこいつも・・・)
溜息が零れる
早とちりの王様だ。最後まで人の話は聞きましょうと小さい頃に習わなかったのだろうか。否、関係ないか。
自分もせっかちな方だがそれ以上かも知れない。先に中に入った銀時と新八の悲鳴に似た絶叫が響いた。
「「動力室ー?!」」