――ところ変わって恒道館にて。


「いや、あの、ホント・・・・・スンマセンでした」

ボコボコの顔で正座しながら言葉を紡ぐ銀時に年上の威厳なんて微塵も見られない。何とも惨め悲惨な姿。
それを隣で眺めていたは肩を竦めて笑った。年下に平謝りする姿は滑稽ではあるが分からなくもない。

というか――当たり前だ。

目の前で竹刀どころか短刀を持って凄む妙を前に下手な言動は出来ないだろう。間違ったら本気で危ない。
否、現在進行形で危ないのか。切腹を押し迫られている辺り無事ではない。どうやってかわすつもりなのか。


――鎖国が解禁されて二十年。

方々の星から天人が訪れるようになって、江戸は新たな文化との接触によって見違える程に発展を遂げた。
が、しかし。その一方で侍や剣、古きに権勢を誇った者は今、確実に衰退し、滅びの道を歩もうとしている。
この恒道館もそう。廃刀令の煽りを受け門下生の全てが去った。今は姉弟がバイトで取り繕っている状態。

だが、それも――。


「お前のせいで全部がパーじゃボケェェ!!」
「おちつけェェ姉上!!」
「ちょっ・・・ストップ!ストップ!!流石に抜身はヤバいって!!」
「新八君!!君のお姉さんごりらにでも育てられたの!!」

抜身を振り上げ、今にも銀時に斬り掛かりそうな妙を新八が羽交い締めにしながら捨て身で宥めようとする。
間に入って止めようとすると逃げ腰の銀時。凄い差だ。が、さり気無くも妙の攻撃を警戒している。
どうやら先刻の痛烈な攻撃がそれなりに。というか、かなりのトラウマだったらしい。距離の取り方が絶妙だ。


「「もういいから黙れよ馬鹿っ!!」」

思わず同時に突っ込んだ。人が親切心で半ば捨て身で宥めているのに火に油を注ぐつもりなのかこいつ。
というより自分よりも年下に庇われて情けなくないのだろうか。否、情けなくないからこその現状なのだろう。

「切腹はできねーが俺だってケツくらいもつってホラ」 「・・・なにコレ?名刺・・・万事屋、坂田銀時・・・・?」

短刀を振り上げて怒り狂っている妙に銀時が咄嗟にズボンのポケットから一枚の名刺を取り出し差し出す。
それを見た妙が動きを止める。絶妙のタイミングで営業を始めるもんだと感心する。成功するかはさておき。
服に付着した埃を払いながら銀時が立ち上がった。そして、の横に足を進めるとゆっくりと口を開いた。


「この俺、万事屋銀さんがなんか困った事があったら何でも解決してや・・・」
「だーからお前に困らされてんだろーが!!」
「仕事紹介しろ仕事!!」

悠然と佇み口を開いたかと思いきや、皆まで言い切る前にブーイングの嵐でその発言は一刀両断にされる。
足蹴にされて床に沈んだ銀時を眺めながらは思わず失笑する。営業とはタイミングが問われるものだ。

「あー・・・おふたりさんストップ!ストップ!!流石に銀さん死んじゃうからね」

とは言え、このままでは幾ら銀時でも不味い。子供の喧嘩を仲裁するかの如く手を叩きながら割って入った。
仲裁に入るのも命がけないしは捨て身だなんて何て恐ろしい子。念には念を入れて妙に警戒を向けていた。

ら、


ゴンッ

衝撃ひとつ


「・・・ッ・・・今度はそっちかてめぇ・・・・・」

思わず悪態が零れるのも仕方がない。蹴られた左腕が地味に痛くて腕を擦りながら苦笑いで肩を竦めた。
基本的に女の子には優しい新八だ。蹴るつもりなど無かっただろう。新八は顔面蒼白でに駆け寄った。

「ごっごめん!さん!!」 「・・・や、いいよ。今のは私も悪かった」

タイミング的な意味で。痛かったことは否定しないが、自分も入るタイミングを誤ったし警戒が足らなかった。
必死に謝る新八に「大丈夫だいじょうぶ」と、言葉を返す。そもそもこの程度で痛がってたら仕事にならない。
これでもも万事屋の一人で仕事上でやんちゃをすることもある。銀時はあまりいい顔はしないけれど。



「・・・姉上、やっぱりこの時代に剣道場をやっていこうなんて土台無理なんだよ・・・」
「損得なんて関係ないわよ・・・親が大事なものを子が護ろうとするのに理由がいるの?」
「でも姉上!父上が僕らに何をしてくれたって・・・」

まだ若い姉弟が道場を護るのは難しい。生活的にも限界を感じていた新八の糾弾が妙に胸に突き刺さる。
その言葉に対し声を荒げるわけでもなく妙は静かに言葉を返す。その瞳の奥の哀寂に新八は肩を揺らした。

全てを知っているわけではない。物語の形式として一連の流れは把握しているつもりだがあくまで形式上。
その中で暮らす者達の心情が全て理解出来るというわけではない。だからこそ不用意に口を挟めなかった。
否、そもそも挟むつもりなんて無い。あくまで自分は傍観者でいるべきだ。が、やはり色々と考えさせられる。


妙が護りたいもの、新八が護りたいもの。

互いに似ている――否、きっと同じ筈だ。それなのにどうしてこうも二人はすれ違うのだろうか。合致しない。
分かるなんておこがましいことは言えないし、言うつもりも無い。だけど、その気持ちを理解する事は出来る。
大事な人、その人の大切なものを護りたい。そう思うのは至極当然でその先の行動も大体は予想がついた。

仮に自分がその立場に立たされたなら、きっと――。


「・・・・・」

不意に視線を感じ目を向ける。ボコボコにされ半死半生だった銀時が死んだ魚の目でこっちをを見ていた。
その意図することは何となく分かった。が、釘を刺してくれたのに申し訳ないがそれは出来ない相談である。
「あのー」と、その視線を気付かないフリしてがそろりと口を開く。その声に反応して二人が振り返った。
「どうしたんですか?」と、新八が首を傾げる。これも何かの縁と思う。媚びや恩を売るつもりはまるでない。

ただ、


「私、恒道館(ここ)の門下生になりたくて・・・」

控えめな態度で相手を伺いながら口を開く。以前からずっと思っていたことだ。正式に剣術を学びたい、と。
そして学ぶなら恒道館(ここ)にしようと決めていた。背中に突き刺さる視線が痛い。が、銀時も分かっている筈だ。
分かっていて許可をくれなかった。そもそも、断わられたらそれまでだし二人が了承しなければ始まらない。

だが、何となく妙も新八も断わらない気がした。確かに簡単に受け入れて貰えるなんて端から思って居ない。
こんな落ち目でいつ潰れるかも分からない道場の門下生になりたいなんて正気の沙汰とは思えないだろう。


「・・・どうして、この流派を選んだの?こんな朽ちかけたような流派」

妙の静かな問いが道場内に響いた。その後ろで新八が物言いたげにこちらを見ていた。純粋な疑問だった。
それに対しはふわりと笑う。朽ちかけだろうと何だろうと関係ない。まだその魂自体は死んではいない。
原作を通して見ていたから。読み手であるがそう感じたから。新八と妙の言葉を聞いてそう思ったから。

「でもまだ(こころ)は捨ててない・・・だから、ココを選びました」

迷うことはない。ただ思うがままに口にする。だからこそ此処を選んだ。此処でなら強くなれる気がしたから。
その言葉は真剣みを帯びているわけではない。ちゃらけているわけでもないがいつもとまるで変わらない。
だからこそ強い光を宿したその双眸にたじろぐ。言葉に反してが真剣であるのを見抜けない筈がない。

こんな事をすんなり口に出来るような綺麗な人間ではない。だけど少なくともその言葉に嘘はないつもりだ。
強くなれる。直感的だが確信があった。この先の事を考えると今の状態のままでは足手纏いに他ならない。
今まではさり気無く銀時が庇ってくれたから大きな怪我を負うことは早々無かったが今後はそうもいかない。

だからこそ身を護れる最低限――それを身に付ける必要があった。


「・・・それに、門下生が居たら道場も多少は潤うやろ?一挙両得やん」

「いや、むしろ利害の一致?」と、先程までの眼差しはどこへ消えたのか、けろりとした表情でが言った。
銀時は溜息を漏らした。どう足掻いてもあのじゃじゃ馬。否、むしろ気紛れ娘を止める事は侭ならないらしい。
まるで猫のように悠々自適に生きている。見ているこっちの気など知りもしないで好い気なものだと思った。


「それは・・・そうだけど・・・でもっ!!こんな古びた・・・

―― ドカァッ ―

!!」

古びた道場で何を覚えられるんだ、と、新八が口にしようとした。が、それを遮りドアを突き破る轟音が響く。
「「「「!!」」」」。その音に反応して反射的に4人はドアに視線を向けた。煙の向こうに薄らと人影が映った。
煙が晴れた先には小さいマッシュルーム頭の男を筆頭に黒尽くめのあからさまな男達が数人佇んでいた。


(・・・きたよ、この人・・・・・)

呆れた目で一瞥

関西弁に眼鏡。明らかにキャラが被ってるじゃないか!というのは割愛するとして、根本的に好きじゃない。
下品だ。この世界に品の良さを求めるのはそもそも間違いかも知れないが『ノーパンしゃぶしゃぶ』は無い。

――儲からないことが目に見えてるじゃないか。


「くらァァァ!今日という今日はキッチリ金返してもらうでぇ〜〜〜!!」

借金取りの天人の無駄にデカい声に思わず耳を塞いだ。小さい癖に声は大きいだなんてある種の公害だ。
どこの世界でも借金取りとは声と態度がデかいのが取り柄なのだろうか。あっても全然嬉しくない取り柄だ。

嘆かわしい。正直、そんな取り柄なら煩わしいだけだから捨ててしまえと心の底から思う。迷惑この上無い。
志村家に借金の取り立てにやって来たその天人は清々しい程に道場と志村家の人達を貶す言葉を発する。
いっそ清々し過ぎてそのキノコかマッシュルームだか何だか分からない頭を刈り取ってやりたくなってきた。


「ちょっと待って、今日は・・・」

その言葉に耳を傾ける事無く借金取りの天人はヒステリックに怒鳴り散らしている。キャンキャン吠えるな。
小さい犬ほどよく吠えるというが、というか、この喩えは犬に失礼だった。要するに煩い挙句に禁句を発した。
当然ながら皆まで言い切るよりも先に妙の右ストレートが借金取りの天人の頬にめり込み天人が吹っ飛ぶ。


(今のは借金取りがわるい)

冷静に観察

親を侮辱されて怒らない子供は居ない。例えどんな親であれ少しでも尊敬出来るところがあれば許せない。
何より自分を育ててくれた人だ。他人にとやかく言われること程、煩わしい――否、不快なことは無いだろう。


「このォボケェ・・・女やと思って手ェ出さんとでも思っとんかァァ」
「その辺にしとけよ、ゴリラに育てられたとは言え女だぞ」
「ゴリラは余計やろ。つか、女の子に手を出す男は終わってんで。元々終わった顔してるけど」
「なんやねんお前ら!ここにまだ門下生なんぞおったんか!?」

殴られた事に対し怒った借金取りの天人が妙を殴ろうと拳を振り上げたが、その腕を掴んで銀時が凄んだ。
それに対して動揺を隠せてない辺り小心者であることが伺える。銀時の横からひょっこり顔を出し口を挟む。
志村姉弟以外の第三、第四の声に借金取りの天人がややうろたえたような声で言葉を発する。今更だろう。


「いま、ちょうどその話してたんよ。誰かさんのせいで中断してるけど」

いい迷惑だ。責めるように視線を向ければ借金取りの天人がたじろぐ。そこで遠慮すんなと内心突っ込む。
たじろいだ理由はで無く、威圧を掛けた銀時に対してなのだろう。が、そこには敢えて触れないでおく。

だが邪魔されて面白くないのは否定しない。本音を言うならば失せろこのマッシュルームが!と、言いたい。
大体何、その髪型。マッシュルームかキノコだかナニなのか分かり難いんだよハッキリしやがれコノヤロー!
まあ仮にナニだとしたら公然猥褻罪で訴えるけどな。ザマァ。こんなのとキャラ被りしてるなんてあんまりだ。


さんさん!・・・口に出てる!!」
「え?うそん」
「今のはモロだったぞ」

新八の突っ込みに「えっ?」と、小動物のように小首を傾げて振り返るが言ってる内容は色んな意味で酷い。
振り返った先には怒り心頭でこちらを睨んでいる借金取りの天人が映った。そして、銀時の呆れたような顔。
冷静な突っ込みに思わず視線を漂わせる。弱ったまさか口にしていたとは。そして誤魔化す様に微笑んだ。


「・・・・・って、笑顔で誤魔化されっかい!!」

が、それを見逃してくれる筈もなくすかさず借金取りの天人の突っ込みが入った。目敏い奴めと内心舌打ち。
とは言え、否定しないが。負けを認めるのは素直な心がある証拠、つまり自分は素直だ。しかも事実である。


「大体ナニって何やねん?!」
「え?何ってなにってナニですよ」
「そうだそうだー!」
「いやアンタうら若い女子に何言わせてんですかっ?!」
「女の子に卑猥なこと言わせようとするなんてやーらしー」
「なっ・・・なんやと!?」
「まあ事実やし変えようがないよなぁ」
「って、お前それが本音か?!」
「大体分かり難いんですよ。キノコですか?マッシュルームですか?どっちにしても食べたくないけどな」
「お前、何気に毒舌やなぁ?!」

借金取りの天人のツッコミから唐突にショートコントが始まった。否、主にがからかったというべきだろう。
内容的には一部頂けないものも幾つかある気がする。見た目にそぐわない毒舌に新八が思わず後ずさる。

――からすれば序の口だが、それは黙っておくことにする。


「まあ道場の件はもうええわぁ・・・せやけどなァ姉さんよォ・・・あんたには働いて金返してもらうで」

これ以上、と話しても自身の心が傷付くばかりだと悟ったのか、咳払い一つ借金取りの天人が言った。
気付くのが遅いと思ったのは此処だけの話にしておく。理由は言わずとも話が進まないからだということも。

借金取りの天人が噂の『ノーパンしゃぶしゃぶ』の説明を始めた。勿論、シスコンな新八は即座に反論する。
当然だ。愛する姉が『ノーパンしゃぶしゃぶ』なんて卑猥な名称の店に勤めるだなんて知った日にゃアレだ。
も姉が居るから他人事には聞こえない。そんな日には間違いなく発狂する。否、根源を抹消してやる。


――詰まる話、も新八もシスコンだということ。



うら若き乙女がナニなんて言っちゃいけません!

[2013年1月10日 修正]