そして、再会を遂げた。

それも、予想外に早い再会を――。



「おいィィィィ!」 「あ・・・志村さんやん」

木刀の先に血雫を付着させたまま、それを片手に後方から全力で迫る気配には首を捻って振り返る。
銀時のスクーターの後ろに捕まっていた所為かはっきりとは見えないが声からしておそらく新八に違いない。

「よくも人を身代りにしてくれたなコノヤロー!アンタのせいでもう何もかもムチャクチャだ!!」

般若の如く鬼気迫る表情で全速力で叫びながら走って来る新八は正直にいうと引く。怖いというよりも、引く。
最初は笑ってを手を振り返しただったが次第に笑みが引き攣るのを感じた。本能的にヤバいと察した。
反射的に足が出掛けたのを堪え「よう息持つなぁ」と、感心する。叫びながら走るなんてまるで自殺行為だ。


「あ、木刀返しに来てくれたの、律義な子だねぇ」
「いや、それちゃうと思うけど」
「違うわァァ!!役人からやっとこさ逃げて来たんだ!!」

銀時のボケにさらりと突っ込むと、後方から丁寧に新八が突っ込みをかます。「ほらな?」と、が答えた。
木刀を振り上げながら迫るその様はまるでどら猫を追い掛ける魚屋のおじさん。若しくはサザエさんである。

「アカンでー志村さん。綺麗な顔が台無しやん」

地味ではあるがそれなりに新八の顔は整っている方だ。それなのに、今の顔はまるで鬼神の如く凄まじい。
さらりと言われた言葉に新八が一瞬だけ減速した。どうやら予想外の言葉に少なからず動揺を覚えた様だ。

が、


「・・・・・って、それ男に使う台詞じゃないからっ!!」

それも暫しの間のことで、間髪入れずに新八から華麗なる突っ込みが返って来た。流石、突っ込み担当だ。
というか、暗に「その顔怖いからやめてくれ」という真意の方はどうやら届いてないらしい。気付いてお願い。


「レジの打てない店員なんて炒飯作れねー母ちゃん並にいらねーもんな」
「あんた母親のことなんだと思ってんだ!?」
「酷いわ銀さん・・・レジ打つんって案外大変ねんで?実は簡単にみえて戦争やねんで。」

たとえ客が陰湿なクレームを突き付けてこようと、妙に絡んでこようと、イライラを八つ当たりしてこようとも。
いつ如何なる時であろうとレジ店員は笑顔で応対しなければならない。例えそれが苛立ちを煽ったとしても。
それを堪え笑顔で接してこその店員だ。お客様は神様です。ええ神様です。帰りに事故っちまえ馬鹿野郎。

見事に好き勝手に言いたい事を言う3人。否、正確にはと銀時だけで新八は突っ込みに徹しているが。
これがスクーターを般若のような顔で追い掛けている光景でなければさぞや和んだことだろう。否、無理か。
会話の内容さえ聞かなければ問題無い。おそらく、きっと、多分。不意に銀時が小さく息を零し口を開いた。


「バイト首になったくらいでガタガタ・・・ぐっ!?」

キャンキャンと吠える声に流石にうんざりしたのか銀時が面倒臭そうに言おうとした。最後までは続かない。
漏れたのは呻き声。「はっはー!銀さんがそれ言っちゃう?私さっき失業したんやけど?」と、の言葉。
それに続いて「今どき侍雇ってくれるとこなんか早々ないんだぞ?どーしてくれんだっ!!」と、新八の言葉。

どうやら失業者に対し些かデリカシーを欠いた言葉だったらしい。新八のハイキックとの突きが決まる。
物凄い勢いでスクーターが急ブレーキをかける。車は急に止まれませんとは正にこの事で新八が突っ込む。
そして股間を強打して悶える。涙目で腰を擦る銀時と、吹き飛ばされた割に軽やかに前方に着地する


「ギャーギャー喧しいんだよ腐れ眼鏡!テメェだけが不幸だと思ってんじゃねぇっ!!」

「もー・・・急停止は反則やろ?びっくりしたぁ・・・」と、胸を撫で下ろしながら言うが、動揺がまるで見られない。
どうやら案外余裕だったらしい。一方の銀時は地面に倒れ込んだままの新八に容赦なく怒鳴りつけている。


「っていうか、不幸の原因作ったんあんたやろ。てか、誰が腐れ眼鏡やねん。ぶっ飛ばすで」
「オメーじゃねぇよ。そっち!そっちのダ眼鏡!!」
「眼鏡を馬鹿にする気かこの野郎・・・よし、分かった。表でろや」
「よし、じゃねーよ。ぜってぇ分かってないだろ」

この場合、誰が可哀相かと言えば間違いなく巻き込まれた新八である。だとしてそれを指摘する者がない。
不意に「あら」と、第三者の声が響いて銀時もも顔を見合わす。正面のスーパーの自動ドアが開いた。
「新ちゃんこんなところで何やってるのお仕事は?」と、出て来た妙が新八に尋ねる。反射的に後ずさった。

(あ、やばい・・・これはヤバい)。一番巻き込まれたく場所に巻き込まれそうだとその瞬間、は確信する。
その人物を見て思わず冷や汗を掻いた。決して嫌いでない。だが出来ればこの場では関わりたく無かった。
確かに普段は物腰穏やかで淑やかな女の子だという印象がある。だがこの時、この瞬間だけは別である。


「仕事もせんと何ブラブラしとんじゃワレ。ボケェェェッ!!」

女神の様な微笑から一転して妙の痛烈な蹴りが新八の頬を襲う。失笑よりも最早閉口するしかない。怖い。
「おい、ずらかるぞ」と、何時の間に移動したのか、不意にまるで猫を抱き上げるように首根っこを掴まれる。
スクーターの上に乗せられる。が、逃げられるのだろうか。素朴な疑問を抱くが置いてかれるよりかマシだ。

そして出発しようとした瞬間――。


「まっ・・・待ってェ姉上!こんなことになったのはあの男のせいで・・・!!」

まるで命乞いするように新八がスクーターに乗り込み今にも発進しそうな銀時を指差した。妙の視線が向く。
(ちっ・・・役に立たねぇ)と、内心思わず舌打ち。もう少し囮になってくれても良いのにこれでは逃げきれない。

「・・・貴方、少し退いてくださる?」

綺麗な笑みでそう言われたら退かざるを得ないだろう。というか、若いのだからこんなところで死にたくない。
人間誰しも我が身が一番可愛いものだ。むしろ自分の身一つ護れずして一体誰を護れるというのだろうか。
(ごめんな、銀さん)。せめて遺骨は拾う事にしよう。内心、謝罪をしつつもは全力で頷いて飛び退いた。

刹那――聞こえて来たあり得ない音に思わず耳を塞ぐ。


「あ、あのー・・・」
「なぁに?」
「・・・・・すみませんでした。何でもないです。はい、本当にごめんなさい」

顔が変わりそうなのでその辺で止めてもらえませんか?と、言い掛けただが振り返った妙に掌を返す。
むしろこの状況でやめてくださいと言える様な勇者が居るならぜひ会ってみたい。少なくともは無理だ。

「・・・志村さん怖い・・・」 「それ、僕が怖いみたいな言い方になってますよ」

思わず戦慄するを「あの状態の姉上には逆らわない方が良いよ」と、宥める。が、即座に突っ込んだ。
今の言い方ではまるで新八が怖いみたいだ。というか、突っ込む間に妙を止めて欲しい。どうにかしてくれ。
でないと物語が始まる前に主人公死亡のフラグが立ってしまう。流石にその目撃者になるのは勘弁したい。

「・・・・・っていうか、マジでそろそろ本気でボコボコになってきてるんやけど」

「流石に私も同居人をナポレオンフィッシュ宜しくでボコボコにされても困るんよー」と、冗談交じりに言った。
ずっと殴り続けられていた所為かそろそろ見られた顔では無くなっている気がする。止めるのが遅かったか。

「いや、でも、今の姉上には・・・・・さんっ!?」

溜息一つ、一歩踏み出した。何をしようとしているのか分からないわけではなかったが、それは自殺行為だ。
止めようと手を伸ばす。が。「妙さん」と、勇ましくも雌ゴリラ妙に声を掛ける。が。「あ"ぁ?」と、物凄い形相。
思わず後ずさりそうになるが逃げちゃ駄目だと己を叱咤して行動に移そうとする。そこからの動きは滑らか。

「一応、同居人やからさ。これ以上は勘弁したげてくれへん?」

肩を竦めて笑うと妙が放ったパンチを内から外に軽く往なす。そして「ごめんな?」と、小さく言葉を続けた。
確かに志村家の生活費を削いだのは紛れもなく銀時の行動故である。が、これは悪意があってではない。
放った拳を往なされて妙の腕が宙を彷徨う。「貴女・・・!?」。突然の乱入者に思わず驚愕の声が漏れた。

そして、


ドゴンッ

鈍い音が響いた



「っ〜〜〜〜!!!」

声に成らない悲鳴が漏れる。は自分が石頭だと自負しているが、それにしても、だ。一瞬、星が舞った。
予想だにしない第二打は容赦なく拳骨という形での頭頂部を直撃する。思わず頭を押さえ屈み込んだ。
痛いと言うよりもゴォ〜ンという凄い衝撃が襲った。流石に妙も痛かったらしく手の甲が少し赤くなっている。

「ちょっ・・・さん大丈夫っ!?姉上!やりすぎです!!相手は女の子ですよ?!」

目の前の一連の出来事に茫然と佇んでいた新八がハッとした様にに駆け寄り「大丈夫!?」と、問う。
大丈夫か否かと聞かれれば大丈夫だ。ちょっとぐわんぐわんするけど。そして、今度は妙に言葉を発する。

「・・・・ごめんなさい。反射的に手が出てしまって・・・大丈夫?」

反射的にこれだけ動けるなら痴漢に襲われても大丈夫そうだ。とは言え、故意でないのを責める気は無い。
分かっている。割って入るタイミングを間違えた。興奮状態にあるところを割って入ればこうなるのは当然だ。

「いえ、大丈夫です・・・イテテ・・・・・出来れば今度からもうちょい加減して欲しいかなぁ・・・」

頭を擦りながら苦笑。少し痛みは和らいだが反射的な一手だったから加減の「か」の字も無かったのだろう。
すげぇ痛い。というか、実際に鳴り響いた音は殴ったにしては効果音的にありえなかった。絶対何か壊れた。


壊れた――絶対、これ細胞死滅したっっっ!


女の子をゴリラなんて言いたくないけど否定できない。

[2013年1月10日 修正]