「たまには何か賭けてみようか」

そう持ち掛けたジョーカーには小首を傾げた。が、直ぐにフッと笑うと「アリスはあげへんで」と、答える。
流石にアリスを賭けの対象にする気はない。というよりも、対象にした時点でジョーカーは絶対に勝てない。
「そうだな・・・」と、ジョーカーは考え込む仕種を見せた。そして人差し指を立てて「こうしよう」と、提案をした。

その言葉には呆気に取られた表情を見せた。が、笑って提案を呑んだ。賭けといっても遊びみたいだ。
負けてこっちが不利になる内容ではない。今まで気にして無かったがもうそんな季節だったとは意外だった。

遊び心――というのも、必要なもの。



「・・・はい。の負けだ」

珍しくジョーカーとブラックジャック勝負をして負けた。思わずげんなりとした顔になるのも仕方がないだろう。
黒い眼帯で片目を隠した胡散臭い笑みを貼り付けている道化のこと。どうせ碌でもない話に決まっている。
だけど偶には気分を変え賭けゲームにしようという誘いに乗ったのは自分。撤回するというのも今更過ぎる。

――それでも癪なことは否定しないが。

は嫌そうなのを隠そうともせず「・・・それで?」と、投げ遣りに尋ねた。微塵のやる気も見受けられない。
ジョーカーは喉でくつくつ笑うと突然質問を投げ掛けた。「今日は何の日か知ってる?」、と。知るわけない。
そもそも時間の狂った国で今日とか、何の日、とかまるで意味を成さない。「さあ?」と、間髪入れず答える。
「少しは考えてくれても良いじゃないか」と、苦笑交じりにジョーカーが言う。手招きをされて身を乗り出した。

ら、


「ハロウィン・・・?」

唇を耳に寄せてそう告げられる。反復するように口にしたがいまいちピンと来ない。文化の違いなのだろう。
日本ではそもそも西洋と違ってハロウィンという行事は重要視されておらず盛大に祝うようなものでもない。
どちらかいうとあやかって「トリックオアトリート」と、親・友達にお菓子を強請るくらい。もうそんな時期なのか。

すっかりこの世界の時の流れに慣れてしまったおかげであまり気にして無かった。季節は秋。暦は神無月。
気にして無いといっても忘れたわけでない。意図的に思い出さない様にしてるだけ。思い出したら恋しくなる。
思い描くことも出来ないあの世界が、あの世界に残した存在が恋しくなる。忘れたいのは元の世界じゃない。
描けなくなったことを忘れてしまいたかった。決して消える筈ない大切なもの。それを忘れることは辛いから。

だから、


「そう。たまにはイベントに乗っかってみるのも楽しいんじゃないかな?」

「せっかくの季節を楽しまないと」と、提案される。というか、既にこれは賭けの内容に含まれているのだろう。
悪びれも無くそう言ったジョーカーにさして驚きはしない。面倒事であるということは決して否定しないけど。
彼の言動が突拍子も無くそして厄介だと言うことはこの季節の訪れと共に嫌というほどが学んだことだ。

「・・・そもそも拒否権ないんやろ」

無いなら端からそう言えばいいものを回りくどい言い方をする男だ。いけ好かないと言われるのも納得する。
面倒臭そうに答えるとジョーカーの腰にある仮面が「分かってんじゃねーか」と、笑った。仮面が喋るなんて。
ナンセンスな話だがこの仮面もジョーカーという名前だ。二人で一つを共有してるというか何ともややこしい。
詰まる話ジョーカーは一人でなく二人だということ。判別用には口の悪い方を『看守さん』と呼んでいる。

「それはもちろん。ルールは守るためにあるものだからね」

この二人と同時に喋ったら頭がおかしくなりそうだ。同じ声なのに違う人。違う人なのに同じ名前、だなんて。
にこりと笑ってそう言い放った道化師の格好をした彼のことは道化さんと呼んでいる。本人は不服みたいだ。
確かに名前で呼ばれないのは面白くはない。だけどこればかりは仕方が無いと思う。あまりにもややこしい。
これで同時にジョーカー二人と対話したとする。どっちを呼んでいるのか自分でもよく分からなくなりそうだ。


(まあそんな機会は早々ない、け・・・ど――!!)

皆まで言い切れなかった

景色が一変して薄暗い監獄が映った。おそらく連れて来たのは道化のジョーカーだ。単独では来られない。
来たいとも思わないけれど。もう一人のジョーカーはまだ来ない。人を待たせるなんてどういう了見だろうか。
薄暗い獄屋。妙に靴音の響く石畳。解れたりぼろぼろになったヌイグルミ。埃っぽい空気に僅かに咳き込む。

「なあ道化さん」「どうしたの?」。監獄には似つかわしい暢気な声が二つ。素知らぬ顔の返答に眉を顰めた。
白々しい。こんなところにまで拉致したんだ。罰ゲーム内容の為だと言うことは先程ジョーカー自ら明言した。
となればその内容は何かという話。看守の方のジョーカーが絡んでくるという事は厄介な内容なのだろうか。
「どうしたの?じゃなくて何なん?」。こんなところにまで呼び出すなんて。暗に含みそう尋ねると彼は笑った。

――笑ってる場合じゃないから・・・!

こちとら宿主もとい保護者達に怒られるか否かの瀬戸際なのだ。の保護者は皆、過保護の気がある。
心配性ではなく過保護。がジョーカーと接触することをあまり好んでない。とは言え強制はしてこない。
それでも監獄にだけは近付くなと、強く念押しされていた。あのユリウスにさえ。思わずは顔を顰めた。
現在進行形でその近付いてはいけない場所に居る。正直、用が無いならさっさと帰りたい。説教は御免だ。


「・・・おそいわ。これで叱られたらジョーカー達のせいやで」

カツンと石畳を踏む音が聞こえて顔を上げるとそこには看守のジョーカーが居た。躊躇なくそう吐き捨てた。
だって本当に説教モードに入ると厄介なんだユリウスは。懇々ネチネチと厭味を言われるし解放されない。
ナイトメアもなんかぶつくさ言うし、グレイも不機嫌そうだし、エースは始終笑顔だし。良いことが一つも無い。

「大丈夫だよ。今回は彼らも文句はいってこないと思うよ?」

「なんでそんなこと分かるんさ」と、尋ねれば道化のジョーカーは意味深に微笑むだけ。わけがわからない。
だけど聞くだけ無駄なんだろうなと思った。意図の有無はさておいて無駄に疲れることはなるべく避けたい。
「それで俺からのお願いなんだけど」と、道化のジョーカーが指を鳴らす。その瞬間にの服が変わった。

淡い光に包まれて驚いて視線を落とすといつもの服ではなくなっていた。これは魔女コスチュームだろうか。
真っ黒な山高帽子に黒を基調としたワンピース。所謂ゴシック系だ。手にはオプションの箒が握られている。
状況把握が出来なくて目を丸くするを左右から看守のジョーカーと道化のジョーカーがじーと眺める。


「・・・なにこれ?」

我に返って漸く口に出来たのはその言葉だった。だってそれしか言えない。何でこんな恰好をしているのか。
それに対する答えは無く看守のジョーカーが一言「・・・微妙」と言い捨てて指を鳴らした。再び光に包まれる。
今度は一体なんだ。途端に視界が真っ白く埋め尽くされて漸く視界が晴れたかと思いきや視野が随分狭い。

「ジョーカー・・・それはあんまりじゃないかな」

苦笑交じりに道化のジョーカーが言う。そして三回目の指を鳴らす音。これは完全に着せ替え人形状態だ。
三回目の衣装は獣耳。なんかもうちょっとジョーカーの趣味を疑いたくなった。何これわけがわからないよ。
ちなみに看守のジョーカーが選んだのは白いおばけの被り物。こっちも割とセンスがない。いや可愛いけど。
ともあれ、道化のジョーカーが選んだ衣装は無い。なにせお腹が丸見えだ。露出度が尋常でなく高かった。

「・・・・・却下」

呆れて声が出ない。辛うじて発した言葉。本当に勘弁してほしい。確かに負けたら言う事を聞くのは約束だ。
それにしてもこの格好をするのだけは願い下げだ。これで冬の領土に戻ってみろ説教どころか風邪をひく。
「そう?可愛いのに残念だなぁ」と、全然そんな気は無いくせに道化のジョーカーがそう言って指を鳴らした。

「でも確かに今の君ならこっちの方が似合うかな」

道化のジョーカーが笑う。いい加減、光に包まれるのも慣れた。光が止んで服を見遣ると最初の時と同じだ。
否、正確には少し違う。一回目の時は大人っぽい印象を受ける衣装だったが今回はミニワンピースで若い。
ちなみに相変わらず箒はオプションで付いていた。道化のジョーカーは魔女に何か拘りでもあるのだろうか。

「結局、ここに落ち着くわけね」

露出度が高いわけでも、イロモノなわけでもない。ハロウィンの仮装にしては割と無難な衣装に落ちついた。
といっても、ちょっと可愛過ぎるんじゃないかと思う。でも突拍子過ぎないもので良かったと胸を撫で下ろす。
似合うか否かはさておきハロウィンの仮装だというならこれくらいは許されるだろう。「魔法少女☆だね」。

「おいジョーカー、がまじでひいてんぞ」

笑顔で告げられた言葉には頬を引き攣らせた。それを見かねた看守のジョーカーが溜息混じりに言う。
ひくよ。それはどん引くだろう。道化のジョーカーは前からイロモノだと思っていたが濃過ぎて流石に引いた。
「え?酷いなぁ」と、胡散臭い笑みを貼り付け道化のジョーカーが言う。は無言で冷めた視線を向けた。
確かに道化のジョーカーを見ていると関わるなと言われるのも何となく頷ける。なんというか際どい人種だ。

「さて、と。それで本題に入るけど・・・」

その顔を見たところ、説明しなくても分かってそうだね。言葉にはせず道化のジョーカーは愉しそうに笑った。
確かにはある程度察していた。自分が賢いとは思わないがこうヒントを貰って気付かない程、鈍くない。

「・・・・・行きたくないねんけど」

わざわざジョーカー達が着替えさせた理由は言わずもがな。だけど行きたくない。は不満げに呟いた。
だがそれが無意味なことも彼女は分かっている。なぜなら、前置きとして賭けゲームが存在しているからだ。
ジョーカーの遊び心に乗って奇しくも負けてしまったのが運の尽き。ジョーカーの条件には逆らえない。


(こいつ・・・・実は普段、手抜いてんちゃうの?)

と、本気で思った

は運が良い方だ。だからジョーカーとのゲームで負けたことが無かったし、他が相手でも勝率は高い。
にも関わらず今回に限って負けた。それを考えると何となく普段の道化のジョーカーに疑問を抱いてしまう。

まあ嘆くだけ無駄なのだが。「ほら、ジョーカーも見惚れてないで褒めてあげなよ」と、道化ジョーカーが言う。
その言葉に「けっ」と興味無さそうに看守のジョーカーが鼻であしらう。道化のジョーカーが肩を竦めて苦笑。
「素直じゃないんだからジョーカーは」と続けた。看守のジョーカーに関してはそこが彼の魅力なのだと思う。



「あぁ、ちゃんと役持ち達にコレを渡してきてね」

「証明だよ」と、差し出されたのは星やハートの形をしたマシュマロが小分けにされた小袋の入った籠だった。
ご丁寧に役持ちと同じ数が入っている。つまりこれを全て渡さないと罰ゲームをこなした事にならないらしい。
半ば強引に押し付けられた籠を片手にはハロウィンという日を考える。お菓子を配る行事だったろうか。

「・・・・何で私がお菓子持ってくん?」

強請りに行くんじゃないのか。僅かに首を傾げてそう尋ねれば看守のジョーカーが溜息を漏らした。失礼な。
「・・・ここの連中がすんなり寄こすと思ってんのか?」。そして呆れたようにそう言う。全力で首を横に振った。
「まさか」。反射的にそう即答すると二人のジョーカーがそれぞれ反応を見せた。だってそんな事ありえない。

油断していたら何されるか分かったもんじゃない。特に今回はハロウィンという行事を主として訪れるのだ。
”Trick or Treat!”――『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!』。お菓子かいたずらか。は強請る側だ。
だが強請る側だけが問い掛けるわけじゃない。相手によっては向こうから仕掛けて来る可能性もあり得る。
というか、この世界の住人の大半が仕掛けて来る側だ。となるともそれに答えるべき術の用意が必要。


「俺達だって君が彼らばかり弄られているとつまらないからね」

その辺りも考えた上で籠を渡してくれたのだろうか?と、少し感激しながら道化のジョーカーに目を向けた。
ら、とんだお門違いだった。含みある笑みを浮かべそう言ったジョーカー。その言葉に引っ掛かりを覚える。
「巻き込むんじゃねーよ」と、看守のジョーカーが呆れ顔で言う。看守のジョーカーにはその気が無いらしい。

「てか、これってただのお菓子配りなんじゃ・・・」

強請る側なのに強請って来る相手の対処に追われそう。ふとそう呟いたに道化のジョーカーが笑った。
「普通じゃつまらないだろう?」と、さも当然の様にそう言われて言葉に困った。確かに悪くないと思ったから。
この世界に来ては非日常を求める様になった。変わり映えしない毎日より心躍るスリルを求めてしまう。

誰かが命を落としたり傷付くようなそんなスリルは要らない。だけども当たり前でないことをするのは新鮮だ。
いつだって新鮮さを感じられるこの世界に惹かれる。時間の流れはデタラメだし、壊れたものも勝手に直る。
住人達は皆どこかしら歪んでいて自分勝手。中立地帯なのに堂々と銃撃戦が日常的に行われてたりとか。
ついていけない部分も山程ある。だけどこの世界に惹かれるのは自分に無い物がたくさん存在するからだ。

この世界に馴染むと同時に皆に悪癖と呼ばれるようになったことがある。それはがスリル好きという事。
別に自殺願望は無い。だけど少しくらいの火遊びはスリルがあって愉しい。その協力者は双子やボリスだ。
彼らはの知らない世界をたくさん見せてくれる。ただし塔に戻るとグレイやナイトメアに説教されるけど。
でも幾ら説教され呆れられてもやめる気は無い。だって、その瞬間は元の世界を焦がれなくて済むからだ。


迷いから解放される――だから、スリルを求めてしまう。


「・・・さて、そろそろはじめようか」

と、道化のジョーカーが話を振った。確かに全ての季節を廻ろうと思うとそれなりに時間が必要になってくる。
あまり遅くなると塔の皆を心配させてしまう。少し急ぎ足で回ろうとが動こうとしたら目の前に佇む人影。
この場所に居るのは二人のジョーカーだけだ。が顔を上げると唇に道化のジョーカーの指先が触れた。



「Trick or Treat!」



いつかと同様に言おうとしたジョーカーの唇に柔らかいものが触れた。ジョーカーは驚いた表情を浮かべる。
舌先でそれに触れると甘味が口内に広がる。甘酸っぱいラズベリーと砂糖の味。マシュマロだと気付いた。
「まだ言ってないのに」と、苦笑交じりに言えば「先手必勝やろ?」と、彼女は悪戯っぽく笑ってそう口にした。

そして、


「Happy Halloween!」

高らかに宣言し、手に持っていた籠から二つ。小袋を取り出し一つを道化のジョーカーことホワイトに渡す。
もう一つは看守のジョーカーことブラックに差し出す。さっさと寄こせ、とばかりに無言で突き出された右手。
差し出されたお菓子を受け取ろうとするその手を避ける。「・・・テメェ」。僅かにジョーカーの頬が引き攣った。

「それじゃ駄目だよ、ジョーカー」

それを傍観していたサーカスの方のジョーカーが小さく噴き出して相方を宥める。もちろんそれでは駄目だ。
「Trick or treat?」と、さも楽しそうに目を細めが尋ねる。だって今日はハロウィン。タダでは貰えない。
の標的はサーカスの方ではなくて看守の方らしい。昔と違って何の躊躇いも無く人をからかいに来る。

「お菓子・・・なんて答えるわけねぇだろ!さっさと寄こせ!」

珍しく大人しく回答したかと思いきややはりそう来るか。あまつさえ「クソガキ」と暴言まで吐き捨ててくれた。
だとして簡単に渡す程、も優しく無い。奪われそうになるとそれをするりと避け「じゃあ悪戯?」と、問う。
それに対して「なワケねぇだろ」と、一刀両断する。二人の攻防戦が続いたのはもはや言うまでもないだろう。



お菓子を渡すだけにしてはあまりに遅い――。


サーカスのテントに訪れたアリスがサーカスの方のジョーカーことホワイトに尋ねると「遊んでるよ」とのこと。
迷い込むことはあれども自らの意思で監獄に踏み入ることは難しい。というか、入口がどこかすら知らない。
すんなりと行ってしまったが例外なのだとジョーカーを含め住人は皆言う。それにしても待たせ過ぎだ。
回る先はサーカスのテントだけではない。まだ後がたくさん残っている。案内を求めると意外な顔をされた。

が、


「ああ、どうやら終わったみたいだ」

と、何を察知したのかジョーカーが言った。何故分かったのだろう。そして不意に背後から軽く肩を叩かれる。
振り返るとそこには「おまたせ〜」と、清々しい顔をした。どこからいつのまに。突っ込みどころしかない。
「楽しかったみたいだね」と、尋ねるジョーカーにはグッと親指を立てた。本当に楽しそうな顔をしている。







二択に背くのなら答えは一つ。

[2013年1月30日 脱稿]